根津と時々、晴天なり

大好きなものをひたすら言葉を尽くして語りたいブログです。

Tシャツが乾くまで 第8話 感想殴り書き

殴り書き

  • プチ失踪
  • 充さんやっぱり好きだなあ
  • プチ失踪、我々はもっとするべきなのではないか
  • かぼちゃ入りのカレーとか悲しいのよ(かぼちゃ嫌い勢の私)
    • 食べれないほどではないのだけど
  • さっちゃんのことを思い出す充
  • カーナビ泣
    • わかってもらえると思ったけどわかってもらえないこと
    • そう、わかってもらえると思っていたけどわかってもらえないことってたくさんあるのよ
  • えええええええええ
  • あずささんの理解力高すぎない????(好き)
  • 咲子もだいぶ変わってんな(パンクだ)
  • スピッツの「スパイダー」をなんか思い出しちゃった
  • なんでカレーパン二個買ったんだろう
  • 松山ケンイチ~~~~~~~泣
    • 目に狂気が宿っていた
  • 「え、うま」と言って窓から手を振ってくれるあずささんが私は好きだ
  • みんな何かしら逃げたいと思いながらその場にいる
  • 話せばね?
  • 逃げてた側が逃げられる側になる、いいね!
  • 直人くんはその場に居続けていた人なのか
    • 喫茶店はその場に居続ける場所
  • スマホ一台で逃げられるのあつい
  • 失踪夫(笑)
  • 古書店もその場に居続ける場所
  • おじさんは、みませーん(笑)
  • えええええ、樹生と充の会話でなんか面白いやりとりあったぞ、なんだあれ
  • いやあ、自分が降りたバスが事故に遭うってメンタルくるよな
    • いいシーンだ
  • 渚にまつわるエトセトラ来た
  • 翔君と向かい合って食べないスタイル
  • 充落ち着けって
  • 咲子の母...........
    • 初手で(あ、市井に紛れて生きてはいるし全然やっていけるけどやばい人だ)と思わせる台詞好きすぎる
  • 咲子のことを知ること
    • ファンキーわかる
    • やることが決まったら顔が決まる充好き
    • 藪の中っぽくて好きだなあ、この展開
    • 樹生って咲子のことそう思ってたんだ
    • ちょっとフィクション感あって好きだな異質な時間なんだけど
    • おっと?
    • アイスティーなんだ
    • 千鶴「飽き性」→「新しもの好き」
      • 結婚で変わるタイプ?
    • 樹生「うっすら感じ悪くないですか?」
    • 面白すぎるこのやりとり
    • 直人「充の入院時はめそめそしてた」
    • フランキー来た
    • 「死んでるかもしれないですよ」やばすぎ、サウナかよ
    • いよいよ樹生のことが好きになってきた
    • 充大丈夫かどうしたおかしくなってないか
    • フランキー!?
  • 電話したら連絡来たってオチ、好き
  • 咲子の魔術やん、天然の魔女だなこれは
  • イノッチがキタ!

めちゃめちゃ面白かった

 なんかすごくアクセルがかかった回だった。このドラマ、雰囲気と速度の緩急がすごい。

 個人的には、冒頭の、充とあずさしか知らなかったバスでのやり取り、バスを降りるまでのやりとりがまずは印象的だった。寝起きでいきなり「ここで降ります」と言われて、すぐにそれを理解することができるあずさへの好感がさらに上がった。すごい人だよ彼女は。

Tシャツが乾くまで 第7話 感想殴り書き

 なんか、言葉にするとぼろぼろと落ちてしまうので、周縁をだらだら喋ろう!

 めっちゃ良かった。見ててすごくつらかった。どうしたらいいんだろうねえ、と思った。

 

充の生い立ち

 壮絶だ。何を、どのように言っていいかわからない。不思議な親御さんだ。子どもにとっては、つらい親なのだろう。

 10年前のLINEをスクショした咲子と、内容を諳んじる咲子に「よく覚えていたね」と明るくなる充のことが、私は好きだ。この二人の関係が、終わってほしくないと思う。

 

あずささんの日記

 私は日記を書くことが好きだが、あずささんのようには書けないのですごいと思った。あんな決まったフォーマットで整った字で毎日毎日毎日出来事を感じたことを書けるなんてすごいっす。あと、日記のサイズ感も絶妙で、私はちょっと小さいなと思うのだけど、小さいノートはそれだけ持ち運びやすいし紛らわせることができるし、で、ごついノートでもそれはそれで味がありますが、あ、それがあずささんの日記なんですね、と納得できるやつだった。ドラマってすごい。

 

充とあずさの関係

 第三金曜日に、コインランドリーで会って話す。お互いのパートナーには言えないこと、嫌われてもいい、どう思われてもいい、話したいことを、話したいように言う。そういう関係。家族を今まで通り好きでいるために、ガスを抜くような関係。

 言っていること、よくわかると思ったし、別にいいじゃないか、と私は思った。私が咲子や樹生の立場なら、充やあずさが壊れないために、優しくいるために、楽しめるように、必要な時間であり場所ならそれでいいんじゃないかなと思うし、壊れる前にそういう時間と場所が見つかってむしろ良かったんじゃないかと思う。

 が、それはあくまで私のひとつの考えであり、それに納得できない、許容できないと言う人もいるだろう。自分たちだけ良い思いをしやがって、とか? それは相手への裏切りなんじゃないか、とか。

 

怒るとき

 ドラマを観ていて「はあああああああああ?????」と怒ることがあんまり無いので、逆にいつ怒ったかを考えてみたけれど、思い出せなかった。現実世界ではムカついたりすることは当然あるのだけれど、自分で対処できない場合にその人に怒っている気がする。自分に技量があって、ある程度あしらえたりするときはそこまで怒ることがない。なので、ドラマを観ていて怒っている人を見ると、自分とは違う楽しみ方をしているのだろう、と思う。

 

なんで怒らないの?

 なんで怒らないのだろう。考えてみた。だってそういう人だし......、私が絶対正しいわけでもないし.....、怒るの面倒だし.......、街路樹とか信号にいちいち怒らないわけで、街路樹は街路樹で信号は信号で横断歩道は横断歩道で、〇〇さんは〇〇さんでしかなく、それ以上もそれ以外もないから、怒って......どうなるのだろう。あと、別にその人が好きではないのもある。期待してないから怒りもない。

 

話すこと

 話すこと、聞くこと、というのは凸凹な関係で、関係性ごとに比率が変わる。AさんとBさんで話すときと、BさんとCさんで話すときの比率は違う。

 今回面白かったのは、6:4の比率だった咲子と充が、2:8くらいだったしなんか6:4か5:5か4:6くらいっぽい樹生とあずさに対して、2:8か8:2みたいな感じの充とあずさも面白かった。

 話したいけど相手がそれ以上に話す関係性もあれば、話しても伝わらなそうだから聞き手にまわる関係もあるし、一方的に私だけが話している関係性もある。面白い。本当に何もしゃべりたくない人もいるだろうけれど、寡黙でも話したいこともある人もいる。話したいこと、話したくないこと、話したいけどそれ以上に話せない事情がある人。難しいなあ。

 

あずささんのこと

 樹生は散歩が唯一の趣味なんですよーー。そんな言葉の次に用意されているのは、そんなつまらない趣味しかないなんてつまらない人間ですよね面白くないですよ、みたいな揶揄かと思いきや、散歩が唯一の趣味である樹生の魅力を語るあずさ、およ?悪口じゃないんだ....と驚いた風の充。

 第7話を踏まえて、第2話の古本屋での回想シーンが好きになった。

 ずれたり余ったりしたものも楽しみたいんですけどねえ.....樹生はそうじゃないものが好きだから。

 これは、あずさから樹生に対しての愚痴なのかなと思ったのだけれど、そして実際そうなのかもしれないけれど「樹生はそうじゃないものが好きだから」も結構大事な言葉だったのかなと思い直した。樹生が好きじゃないものは尊重したい、なぜなら樹生のことが好きで大切だから。自分は物足りないけれど、それは引き受けられる物足りなさなのだと。

 その上で、奔放でおしゃべりで快活で、軽やかに困ったことを飛び越える馬みたいな人だ。充が乗るバスについてきてしまうところとかは特に。距離感バグってて大切なものがあるとわかっているのに踏み込んでくる怖い人、評はそうなのかなあ.....と首をかしげる。利発的な人じゃないですか? 別に奪おうと思って踏み込んでいるわけじゃないし。

 

奪われるかもしれない

 私は恋愛というのをしたことがほぼ無いのでよくわからない。自分に好きな人がいて、その人が他の人を好きになったり、逆にその人が他の人から好意を持たれたりしたときのことを。なので想像してみよう。難しい想像だ。

自分の好きな人が別の人を好きになったとき

 仮に、自分もその人も好意をお互いに抱いているとして、その上で、好きな人が自分とは別の人を好きになったとき。A1. えー、そうなんだ。私とその人はどんなことが違っていて、どうしてその人のことが気になるようになったんだろう。

 仮に私が誰かを好きになるときは、たぶん、めっちゃ好きになるんだよな、つまり、人としてめちゃめちゃ興味を抱く相手ということ。だから、その人のことを理解したいので、なんでその人のことを好きになったのかを知りたくなると思う。片思いって奴なら辛いかもしれないけどー、でも、自分が見込んだ人が好きな相手なら面白い人だろうから逆に関心が湧く気がする。面白。

 

 と、ここまで想像してみて面倒になったのでやめる。なんか脆弱なシステムというか、不安定だなという感じ。なんかここまで情をかけてまで維持するの面倒な感じがした。

 奪われるかもしれないとか、独占したいとか、そう思う気持ちはあるのだが、それは友愛にも生じる気がした。でもさ、別に私だけのものじゃないんだよな。

 

以上!今から第8話観ます。

Tシャツが乾くまで 第6話 感想殴り書き

 今自分の中でかなり熱いもの、ドラマ「Tシャツが乾くまで」。第6話の感想を書き殴ります。まず、このドラマのどういうポイントが好きなのかを挙げた方が読みやすいと思うので、挙げます。

  • 今のところ一番好きなシーン
    • 第3話 駅のシーンで咲子と充が話しているところ
  • 今一番熱いこと
    • 瀬尾家の冷蔵庫にキングシムの電子メモパッドが貼ってあるところ(私の中の神商品なのですごくうれしくて熱い)

 なお、私はかなり充にシンパシーを感じている側の人間なので、以降の脳内独り言に反発を抱く人もいるだろうと思われます。その点留意して読み進めていただけると幸いです。

 

視聴しながらの箇条書き

  • 充、何を言っても相手にとっては悪手なのが笑う
  • 充「ああいうの気分悪いんで」←私爆笑
  • 結婚式を中座した者同士というところでは結果としては一致しているが、過程が違う感じがして味わい深い最高
  • 変だけど「普通」に擬態するとしたら、それはすごく大変なことなんじゃないかな(エネルギー使う)
  • 私が6割喋って彼が4割喋った←最高
  • ロックだなあ......
  • 15年疎遠の両親は確かに「瀬尾咲子」が来訪してきても隠してくれるな(納得)
  • 感覚を共有できる相手、嬉しいよねえ
  • ああつらい
  • 充も「この人だったら「発動」しないんじゃないか」とか思ったんじゃない? つらい
  • 烏滸がましいがどちらかといえば充サイドの人間なので見てて胸が痛む(LINEのところわかりすぎる)
  • 充、咲子にちゃんと説明しろそれはマジでちゃんと説明しろそれはマジで説明しろ
  • でも説明できないよねええええええええ私も説明しないもん
  • うちもかぼちゃが苦手(てか嫌い)なんだあああああああ
  • 充に怒る人がたくさんいるならそれは素晴らしい世の中なんじゃないかなって思い始めてきた
  • 咲子さんはだいぶ「好きなフィルター」が溜まってた感じだと思う(充の本性は「ああいうの気分悪いんで」に詰まっているのは明白)
  • 夫婦喧嘩するのってこんな感じのボタンの掛け違いというか見解の相違とかそういう感じなのかな、つらい
  • 誰かを好きになり誰かと一緒にいるのって大変だね、でも尊いね
  • そうなんだよね、あずささんは戻ってこないんだよね
  • 私(充とあずささんは「不倫」じゃないと思うけどなあ)
  • このドラマ、一話ごとの情報量が多いしテンポ早いなあ
  • 直人くんえらいなあ素敵だなあバランス感覚素晴らしいなあ
  • 直人くん「いつぶりですか失踪」←私爆笑
  • 普通に生きていれば発生しないワードすぎる
  • 翔くんすごくない?大丈夫?????
  • このドラマ、子どもへのまなざしは結構不足しているというかそこだけ心配
  • フランキー最高、いつのまにか樹生と仲良くなってていいな
  • で?
  • 長野の旅、充の説明はたぶんそのままの話で、でも、納得しない咲子と樹生に苛立ちと面倒くささを感じただろ充
  • ああああああああああ(充と樹生の会話、楽しい)
  • このドラマすごすぎる最高だ
  • ああああああああああ(もう駄目だ、あずささんが亡くなられている事実を持ち出すならもう駄目だ)
  • ここから糸は再び結ばれるのかな、そこが本当に楽しみだ、このドラマの真価はそこだ多分
  • 「逃げるなら今だ」ここで言うのは駄目だ、本当に駄目だ、でも充の誠実さはそこなんだな
  • 充、抗戦!

 ぱちぱちぱちぱち(拍手)。

 最高だこのドラマ。めっちゃ笑った。

 

視聴後の余韻

 少し前置きをしてから語ろう。

 私が今もっとも好きなシーンとして挙げている第3話の駅のシーン。なぜ好きなのかというと、咲子と充のやり取りが面白いからです。このドラマ、咲子や充だけではなく、樹生やあずさ、その周囲の人々も、ちょっと面白いことを言う....という感想を持っています。それは脚本がそうさせるのだろうと思うのですが、充と、そしてその相手である咲子のやりとりは、特に刺激的。物事の本質に迫る、鋭利な針でつつかれた感覚、その気持ちよさがあって、だからこの駅のシーンも好きです。ま、私がかぼちゃが苦手というのもあるにはあるのですが。

 咲子の回想という形で大部分は描かれていた充像は、かなりユーモラスでした。とにかく世の中をひっくり返すような、他の人は当たり前と思っていることに疑いを投げかけたり、逆に充以外の人は意に介すようなことをさらっと流したりとか。それは十分にわかっていました。

直人:瀬尾さんって普通に外でも「さっちゃん」って言いますよね?

充:うーん、・・・ん?「さっちゃん」以外になんて呼ぶの?

直人:え、普通は、妻とか嫁とか・・・。

充:へえー。(軽く笑う)変なの。

#1「秘密に気付くまで」より

 世の中が当たり前だと思っていることに対して疑い、自分は違うのであれば違うと表明する。自分なりの言葉で、咲子を傷つけることなく困惑させることなく労わる表現をしている気がして、そういう風にバランスよくあれたらいいなと思って、だから私はかなり瀬尾充にシンパシーを、あるいは憧れを、抱いていました。

 が、第6話でわかってきたのは、充のそうした柔らかさは、何も努力なしに、エネルギーコストゼロで成しえたものではなさそう、ということです。もう他者を騙せなくなった(騙すことが馬鹿馬鹿しくなった、嫌になった、無駄だと思った、無謀だと思った)とき、充は「失踪」をするのだろうか。あずさと乗ったバスの道中で何かのきっかけでそれが起こってしまったのかなと。その引き金みたいなものがあるのかないのか、それが7話以降で明らかになるのであれば楽しみです。

 もし、充の1年の失踪がそんな感じのものだったら、私はよく理解できると思います。物理的に「失踪」をしたことはないけれど。でもよくわかります。

 第6話は、外国語学習みたいな感じで観てました。異文化交流会でもいいか。お互いの「当たり前」が擦りあっていない。それは当然で、咲子も樹生もこの1年、しんどい思いをして傷ついたからです。そんな擦り合わせる余裕なんてないし、なぜこちら側が歩み寄らなければならないのか!と怒るのも最も。その果てにあるのは別離でしょう。このままでは、充と咲子の糸は切れます。この糸が切れるのか、切れずに済むのか、あるいは別の糸を結ぶのか。そういう話になるのかなあ、ならないのかなあと、それもまた楽しみです。

 ピザが届いて、樹生が帰って、充と咲子二人だけで話しているシーンもすごくよかった。咲子さんの、感情に率直なところ、自分の感情をすごく細かく捉えられるところ、素敵だ。そして、自分はこんなにも動揺し様々な感情でおぼれそうになって苦しいのに、まったく平気そうにしている充を見たら腹立つよな。

 そして、充としてはあずさとはただコインランドリーでお話する仲であったという話を一方的に否定され、否定した側は良い感じじゃないですか、なんなんですか、もわかりすぎる。

 

 個人的には、今でも充というのは私にとって相当面白い人間で、かつ、定期的な「失踪」が必要なところまでは参考にしたくないが、ほどほどに「擬態」しながら生きていけたら楽しいなと思うので、「擬態」っぷりを参考にしたいと思います。

 

 まだ全く整理ができていないので、次の話までにこの回はとことん味わうことにしよう。最高でした。本当に楽しいドラマです。

かぎ針編みについて(魂の形に合っているといいな)

 かぎ針編みを趣味にしたいです。今のところコースター(四角のと丸いの)とネックストラップを編むことができました。

これから何を作りたいか

 今考えているだけでもこれぐらいある。未来が明るい。

  1. キーボードのカバー(棒編みの方が向いているかもしれない)
  2. キッチンタイマー(作業用)につけるストラップ
  3. タンブラーケース
  4. iPadケース
  5. 必要なもの入れるポーチ
  6. 糸を入れるかご
  7. 本を持ち運ぶ際に入れるケース
  8. 冬用のブランケット(こちらも棒編みの方が向いているかもしれない)

かぎ針編みを考察する

  • 道具がシンプル(糸、かぎ針、糸処理用の針、はさみ、最低限これがあればできる)
  • 安い(上記一式は100円ショップで揃えられる)
  • 糸がたくさんある(カラーバリエーション、木綿とかアクリルとか色々)
  • 実用的
    • 手を動かすだけでも楽しいのにそれが役に立つのが最高
  • 成果が形として目に見える形で現れる
  • メンタルに良い
    • 脳の放っておくと無秩序に考え事が膨らむのを強制的に停止できる
    • 真面目にドラマとか映画とかを観ようとするのをながら見るすることで抑えてくれる 

 今のところのかぎ針編みの良さは、私の場合は、メンタルのケアのための手段として、が一番大きいと思う。個人的には、運動とか散歩と同様のレベル。かつ、気候に左右されない、外に出なくていい、体力的にしんどい時でもやりやすく、運動とかとは違い、物質的に成果が可視化できるのがあまりにメリット。おんなじ路線だと「料理」も挙げられると思うが、私は自分がそんなに料理が好きではないっぽいことに気づき始めている.....。なんだろう、期待値が高いのかな。労力に対して出来上がった料理に感動できなくて、たぶん「できて当たり前」みたいに思っている節があるからかも。その点、かぎ針編みはどんなに不格好でも自分の作ったものに愛着が持てるし、次はこういうところうまくできるようになりたいなと思えるし、実際数をこなせば安定するのがわかってきているからやっててとにかく楽しい。

 編み物はこれまで取り組んだことがなく、何をわかった気になっているんだと思う一方で、少しだけ触れた今考えられること。編み物とは反復であるということ。だから、一つのセットができればそれを繰り返すことで物事が進むということ。歩くことも、足を前に出すことの繰り返しで体を動かすこと。昔から慣れている水泳も、25mだか50mだか、決まったサイズのプールをひたすら往復すること。その点、料理はループじゃないのが面白い。工程がある。刺激になる一方で難しさも出てくる。反復ということは、比較ができる。前のセットより今のセットの出来はどんな感じだったか。比較することで差分がわかり、自分のペースで調節ができる。

 メンタルが停滞しているときは、新しいことに挑戦するのがなかなか難しい。既に知っている事柄で満たされたループを何度も何度も繰り返す中で、手足は動かしつつも新しいことは何もなく(ハプニングもそこまでなく)、誰にも干渉されずに微調整を自分のリズムで行うことで、回復していく。かぎ針で編むことで回復ができる。さらには何か便利なものが生まれるのだから、それはもう、最高だ。

終わりに

 League of Legendsというゲームがある。私は挫折した(挫折した理由は簡単で、30分、いやそれ以上の時間遊ぶことに耐えられない、というもの)。このゲームには様々なキャラクターがいて、その多さから、誰でも自分の魂の形に合うキャラクターに出会えるとも言われている。魂の形のキャラクター。いい言葉だ。

 魂の形、というのがあると思う。魂の形に合ってないことがまったくできないということもあるし、頑張ればできるということもあるし、できないけど時々挑戦してみるのも面白いと思うけど、魂の形に合ったことをすると少ない労力でそれなりの効果が得られる。わかりやすく言うなら「得意なことをやった方が成果が大きくなる」か。

 さて、編み物は私の魂の形に合っているものなのだろうか。それは不明だ。これだけ楽しいのだから、魂の形に合っているといいなと思う。いや、楽しいと思えるだけでだいぶ有力候補かもしれないな。

 私はかなりの飽き性で、飽き性ということに諦念を抱くまでに落ち着いた。飽き性の考察も続いていくことになるが、現時点で思うのは、飽きるというのは、魂の形のミスマッチか、厳密に考えすぎていることによるもの、どちらかな気がする。特に後者は、己の魂の形を定義して厳密にするあまり、多少のこぼれを許容できないことじゃないかなと。対処としては、じゃあその対象のどういうところが自分の魂の形と共鳴するのかを探ることで、その手間を惜しむと結構何も続けられないかもなと思ったりする。

 編み物は継続して取り組むとして、次は何をやろうかな。

XLOVのScentについて語りたい

 「2026年6月、XLOVを知る」ということで、既存楽曲を少しずつ聴いている日々です。コンセプトと意思がしっかりしていていいグループだなあ...と思うばかり。ここ数日のお気に入りは2025年11月にリリースのEP「UXLXVE」よりScentを。そもそもこのEPどの楽曲も好きで個人的な名盤過ぎる....。なぜ私は2025年にXLOVEを知らなかったのか。

 ラジオ番組に出演された際の動画があったので貼っておきます。

youtu.be

 この曲の何が好きって、繊細かつ多層的なボーカルと全体に漂うアンニュイな雰囲気です。こういうしっとりと物悲しい曲大好き。

 和訳されていた方のも読んで歌詞もなんとなく把握。色っぽい曲だ~。

 XLOVについては書きたいこといっぱいあるんですけど、この曲のヒョンの「鳴る」のボーカルがバイオリンみたいなうっとりする響きになってるし、ウムティパートになると安心するし、ルイのしなやかなボーカルがなければXLOVの楽曲は存在ないんだろうなというところもいいし、ハルの多彩なボーカルに惚れ惚れですし、と、私、結構XLOVについて語りたいこといっぱいあります。

 

 それはそれとして、今回はこの曲を聴きながら考えていたことを書きたいので、お付き合いいただける方はどうぞ。

 

 他者にどのように惹かれていくのかって、個人的なことだよなあ....と思っています。たとえばドラマを観ている最中に「なんでこの子こんな奴に沼ってしまうんだ~」と頭を抱えることがあったとします。なんでこの二人こんないい感じになっているんだ、私にはさっぱり理解できない、と。でも、それって個人的なことなんだよな、と。私にはどうすることもできないし、私が理解できなくてもいいし、説明できること説明できないこと他者を納得させられること納得させられないことがあって、何が言いたいかというと、みんなの「惹かれ」みたいなものを揶揄することも否定することもできないのだろうな、ということです。

 他者のscentを感じられる距離というのはそれなりに近い距離で、そこで交わされるやり取りに思い馳せるとき、当事者にしかわからないテンポやメッセージがあって、それっていいなあ....と思いました。どきどきしますな。それは色欲的などきどきではなく、もっと範囲が広い、隠されたものに対するどきどき。

 Scentを聴きながら、果ては「もっと人と仲良くなりてえよ......」と思ってしまいました。いきなりどうした。私が共有したいことを共有できる相手が欲しいという感じです。でもさ、それって相手に興味があるとは限らない。私はあなたに興味がある!と思えるようになりたい…。

 

 そして、個別具体的な関係間で生じるあれやこれやは当事者のものであるというところに戻ってきてしまう。Scentの強烈なムードは、そういう個別具体性と相性がいいというか、なんだろう、身も蓋もないこと書くなら、もっと人と触れ合いたいみたいな気持ちになる!ということです。人にそう思わせるの、すごい!

 私はもっと人間がしたい、そんなことを考えました。XLOVのScentはしばらくはたくさん聴くことになりそうです。

【映画】「爆弾」を観る/ポークステーキ丼の話

 映画「爆弾」を観て、色々考えたいなと思うことがあったので書きながら整理したい。

 

 まず、面白かった。私の中で「面白かった」なのは「あれこれ考えることがあるね」のエネルギー源の多寡に寄る。このドラマを観ながら色々考えられて楽しかった。

 その上で「おいおいそれはちょっと急ぎすぎじゃないか」と思うところもあった。要素要素は理解できるし概ね首肯するが、多分色々なものが省かれてしまったのではないか?という印象も抱いた。だから「題材としては映画映えするけど、ドラマでやっても良かったな」みたいな話だと思った。だから結構小説という形態は合ってるのかもしれない。映画だと爆弾の描写と取調室のクローズドな雰囲気の対比が映える。尺が限られているという制約により、その2つをどう配置するのかという面白さが生まれる。でも、尺が足りないことにより、説明しきれない情の部分がある。それは事情の情と感情の情。

 ぶっ込みますが、私は多分染谷将太さんという俳優さんが好きだ。なんで好きかというと、ぐらついた境界線を捉える役を多く演じている印象なのと、雰囲気が好きだからだ。田鎖ブラザーズも今の所好きです。

 一番好きなポイントは、なんだったか、人を殺したいと思ったことある、毎日毎日思ってる、みたいなことを言ってた後に、でもポークステーキ丼食って一日中寝たらそれだけでやっていける、そういうものが俺にはあるんだけど、あんたには無いの?、みたいなことを言ってたシーン。私も同感でソウナンダヨナーと頷きました。そしてスズキタゴサクはそれを折られちゃったわけだ。

 類家のポークステーキ丼や惰眠が良い。こういう「折られたらちょっと人としての形が崩れちゃうもの」はなんでもいいと思うけど、できるなら複数用意するのとメンテナンスをするのと人間以外にも用意したほうがいいと私は考えている。折れたとしても大丈夫な設計にするべきだ。人の形は見ている通りじゃないこともあるから。期待が外れたときのセーフティネットが欲しい。

 スズキタゴサクの話術は本職のそれだと思ってて、元々そういうことができる人なのか、一世一代のプロジェクトの馬鹿力が出たのか、私は前者を推すが、そうなるとスズキタゴサクってよくわからないなあ、めっちゃ才能がある人だもんなあ、と頭を抱える。あれだけ色々なものが見えていて、計画を立てられて、でも、それが社会ということなのか。有能とは何か。社会で評価されるというのは何か。

 あとは、この人たち疲れてんなー、という雰囲気を感じられたのも良かった。特に伊藤沙莉さん演じる倖田が疲れてるんだなーメンタルに来てるんだなー、でも気を引き締めて頑張りますか!の流れがすごい好きでした。

 セリフ、会話のシーンが好きだったな。取調室以外のシーンでも、なんか変だなとかそういうのが無くて、かつ、面白い会話が多かったと思う。

 語れば語るほど、4時間ぐらいの映画でやってほしいなと思ってしまう。そうすることで別の問題が発生するとしても。

 あと2つめっちゃ好きポイントとしては、この時間の真犯人?というかトリガーみたいな人が容疑をめっちゃ否定しててスズキタゴサクに全部載せちゃってることと、エンドロールで自販機で飲み物が買われるところの音が入っているところ。スパイスが効いててゾクゾクしました。トリガーの人はああ壊れちゃったんだな、と思ったし、自販機の音は、つまりこれからもどこかに爆弾はあっていつ爆発するかもわからないですよの示唆で、なんなら人は爆弾みたいなものなんだということでいいか? 見事な落とし所で、という締め。

 人は爆弾だから各々爆発させないよう生きていこう、人を爆発させないように生きていきましょう。そういう結論で言いたいことは言った気がするので以上とします。

【音楽】MECHA-MECHAを聴きながら戦隊について考える

 特撮好き、MECHA-MECHAに出会う。

MECHA-MECHA

 

 何で知ったのかというと、MECHATU-Aと同じくにじさんじのグループ?ユニット?なのかな、VOLTACTIONの4人が踊ってみたショート動画からで、初見としては「なんだこのキャッチーな戦隊OPソングは」と衝撃が走り、即座に調べて音楽サブスクで聴くことができるのも知る。私は時々ジムに行くので、テンション上げ楽曲のプレイリストにも入れました。何も考えずに聴けるパワフルな曲ありがたいです。

 こういうのって文化なんだなあ....と思いました。幼少のころから戦隊や仮面ライダーを観ていて「あ、この曲戦隊っぽい!」というのがあるというか。音楽的な素養があればもっと言語化できるものだと思います。それができないのが少し歯がゆい。

 

 この曲を聴きながら、特に幼少の頃の私は戦隊シリーズの何が好きだったのだろうと考えてました。これはすでに考えていたことなのですぐに説明できます。一言で表現するなら「異なる価値観を持ったもの同士が目的のために集合し共闘していく」のが好きでした。ライダーとの違いはこの点にあります。ライダーはやっぱり「個」の物語だと思っていて、お前が何を感じ何を選ぶのか、が大切。

 正直地球の危機とかそういうものはどうでもよく、彼ら彼女らが難題をどう乗り越えるのかということにしか興味がない。個人の強みと弱みがどのように提示され折り合っていくかにしかときめかない。

 私がアイドルとかそれこそVTuberに惹かれるとしたら、やっぱりこの戦隊が好きな理由の延長線にあると思っていて、VTuberのプロジェクトと言っていいのかな、にじさんじのユニットの出す曲が戦隊の曲っぽいのはシナジーを感じてニコニコしてしまいました。とはいえ、活動中のVTuberの何を知っているかというとまだまだ知らないことばかりですが。

 

 ここまで生きてきて、一つ自分の中で面白い現象があって。それは「関係性オタク」の要素が弱まっているなあということです。昔はもっと個々人の関係に注目して、あの人はこの人のことをどう考えていて、逆はどうで、別の人はどうで、みたいなことをウォッチするのが好きだったんですけど、今はだいぶどうでもよくなりました。

 当時から理解はしていたのですが、結局関係性というのは夢幻のようなもので、本人もどのようなものかはっきりとはわかっていないし、私が見たいものをただ見ているだけなんだなと思うことがあった。見たいものを見ることが、すなわち悪というわけではない。たぶん。が、それが幻想であるということに自分が耐えられなくなっただけのこと。そして、重要なことだと思うのですが、人と人の関係性だけでなく、世界の認識の仕方、主観みたいなものも、所詮は幻想でしかない、人はそうでしか生きられないということです。私はその幻想成分を、ちょっと弱くしたかった。ずっと無自覚な幻想に浸っているのも違うのかなと思って、できるだけ強い想像はしないよう努めたいと思うようになりました。

 

 MECHA-MECHAってめちゃいい曲だなと思います。みんなを幸せにできる曲。

 一方で、それをどう楽しめばいいかわからないというか恐れている自分がいる。自分の中で拵えた夢幻が暴れそう。私は戦隊をどう楽しんでいたっけ。眼前にあるフィクションを、自分の欲望とかを乗りこなしながらどう楽しめばいいのだろう。子どもの頃はもっとまっすぐ無邪気に(故に暴力にも無頓着で)楽しめてたのかなとか、そういうことを考えていて、楽しいです。明らかに考えすぎなんだよな。