根津と時々、晴天なり

大好きなものをひたすら言葉を尽くして語りたいブログです。

【読書】恩田陸作品について愛を語る

「好き」を語ることに対して、時々怖さを感じることがある。というのも「好き」を通して「私」をはかられるような感覚を覚えるからだ。私は普段、誰かの「好き」を通して誰かのことを推し量ることはないような気がするのだが(自分の認識プロセスがよくわからんな、と例えばSNSをしているときに思うことがある)「好き」が「私」の入り口であるような気がしてならないのは何故だろう。それは、多分、自分で言うのも変だけれど、「好き」が自分にとって特別なものであるからだ。心折れそうになった時、好きなもののおかげでエネルギーがむくむくと沸き、また歩けようになっだことなど挙げたらキリがない。もちろん私の「好き」は私の好きなのでそれを大切に固執することなく生きていけたらいいね。前置きが長くなってしまった。

 

恩田陸作品が好きだ。作品によって好きのグラデーションは異なるけれど、私にとっては読みやすい文体で、読むと古巣に帰ってきたような、そんな安心感さえ覚える。どんなところが好きなのだろう。それを考える文章。

 

みんなとにかくお喋り

恩田陸作品の登場人物たちはとにかく皆お喋りだ。ひたすら喋る。それは世間一般的な「お喋り」とは少し違うように思う。物事ひとつひとつの考え方が深い一方で、話題の対象が多岐に渡るのだ。まー。とにかく喋る。内に向かって、外に対して、とにかく喋る。そしてそこには知的好奇心が多分に含まれ、知識をひけらかすような狭さは感じない。この「お喋り」がピンとこないともしかしたら読み進めるのは苦しいのかもしれないけれど、私はかなり「わかるーーー」と頷くタイプだったようで、お喋りに身を浸しながら読むのが楽しかったりする。特に喋ってるのは、旅ものである『夜のピクニック』『黒と茶の幻想』、食べまくり飲みまくりお互いが疑心暗鬼になる女たちがとにかく喋る『木曜組曲』、本人がとにかく喋る「神原恵弥」シリーズであろうか。

 

基本的に優秀

これは恩田陸の共通点であり、かつ、弱点かもしれないけれど、基本的に出てくる登場人物たちは優秀な人たちだ。頭が良く将来を有望視されキャリアを着々と歩む人たち、もしくは一芸に秀でている人、社会のレールから外れても飄々と生きてしまえる人。弱点と書いたのは、要はそれに当てはまらない人たちの物語が描かれることはないということだ。すべてを描くことなど到底ありえないことで、何を描くかというのが作家性なのだから構わないと思うのだが、少し、んー「選ばれしもの」というなんというか、なんだろう、結局この人たち類稀なる才能を与えられた特別な人たちなんだよなーみたいなぐつぐつと紫色の沼みたいな気持ちを感じると言えばそれは意地悪だろうか。しかし優秀な人がその才を余すことなく使い、世を謳歌する様を見るのは痛快ではないか!なんとなく漫画っぽい感じがするのも恩田陸作品なのかなぁと思う。自分をしっかり持っている人たちが多いので「自分とは何か」とかそういう鬱屈した感情を持たずに読むことができるのも、私としては精神衛生上良いかもしれない。(そこをとことん追求する作家さんも好きでありますが)

 

あんまりべたべたしていない

恩田陸作品を読んだ最初の頃(中学生くらいだ)特に気に入っていた点が、著作の多くが恋愛小説ではなかったところだ。恋愛小説が苦手だったので、ジャンル分けが難しい独特の世界観がすごく魅力的に映った。

 

ここまで書いてみて振り返ると、私は恩田陸作品の話の筋を気に入っているよりは、瞬間瞬間の会話なり登場人物の考え方に惹かれているような気がする。となると「とある小説が好き」という感情はどこから立ち現れているのか気になってくる。何故その小説が「好き」と言えるのだろう。わからないな。でも読んでいて楽しいから、というのは外せない要素だろう。

 

私の特に好きな恩田陸作品(今)

なにせ学生の頃から読んでいるので話の内容を忘れてしまったものもあるし、いまだに全部読めてはいないけれど、今、特に好きな恩田陸作品をご紹介。おすすめしたいというわけではないことをご了承願いします(人に本を勧めるって私できないのよね)。

 

ネクロポリス

割と最初の頃に読んだ気がする『球形の季節』か『ネクロポリス』が私にとっての最初の恩田陸作品だと思うのですが、この二作読んで心が折れなかったので多分波長が合ったのだろうなぁ…と今なら思う。独特の風習がきちんと構築されているところ(その辺りはファンタジーっぽい)主人公が学者の卵であることなどが好きな点。怖い。

ネクロポリス 下 (朝日文庫)

ネクロポリス 下 (朝日文庫)

 
ネクロポリス(上) (朝日文庫)

ネクロポリス(上) (朝日文庫)

 

 

三月は深き紅の淵を

短編集。細部が超好き、という箇所がたくさんあって。恩田さんは旅情に訴えかけるのがすごく上手いなと思っていて、旅する話を読むと旅行に行きたくなる。

 

三月は深き紅の淵を (講談社文庫)

三月は深き紅の淵を (講談社文庫)

  • 作者:恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2001/07/13
  • メディア: 文庫
 

 

もはや読みすぎてて好きとは言えなくなってるやつ

黒と茶の幻想

黒と茶の幻想 (Mephisto club)

黒と茶の幻想 (Mephisto club)

  • 作者:恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2001/12/12
  • メディア: 単行本
 

これ単行本で持ってるのですが、400ページくらいあるのかな、英和辞書レベルで分厚くてその分厚さが好き。もはや読みすぎてて「好き」なのかよくわからなくなってる本。旅行ものとしてはこれが一番好きというか、考え事が連続してるけれど分断されている。ぶくぶくとエピソードの泡が生まれては破裂して、みたいな連想の連続が旅行らしいなと思ってて、とにかく4人がよーく喋るのを聞いてるのも楽しい。

 

麦の海に沈む果実

麦の海に沈む果実 (講談社文庫)

麦の海に沈む果実 (講談社文庫)

  • 作者:恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/01/16
  • メディア: 文庫
 

読みすぎてしまった。面白いのは、学生時代に読んでいた時は「こういう学校あればいいのになぁ、自由で自分のやりたいようにできるじゃない」って思って憧れの気持ちを抱きながら読んでいたけど、そこから抜けると昔読んだ時ほど切実には胸に響かない。だから今の私が読んでまた新しく付き合い方?を構築する必要があると思ってるのですが、結末を知ってる分なかなか手を伸ばせず。ただこの文章を書きながらあらすじを反芻していたら「あ、この部分面白そう」と思い始めたので、再読は近々できるかもしれない。

 


他にも恩田陸作品はたくさんたくさんあって、ジャンルも様々。しかし根っこにある雰囲気はどれも一緒のような気がしていて、多分それは「世界」との距離感。結局わたしはその距離感に惹かれて読んでいるようなもので、恥ずかしいし言い切るのもどうかと思うけど「こんな風に生きたい」って思ってしまうほど。それは私が人格形成の過程で恩田陸作品に出会い影響されてしまったから?あるいは元々私の考え方として近しいものがあり、磁石なように引かれてしまったから?鶏が先か卵が先かの話になる。「世界」とある程度の距離を保つ姿勢、観察者であることを選ぶ姿勢、剛と柔、両方を併せ持つバランス感覚。恩田陸作品とは、私にとって大きな作品なのだ、と改めて自覚するとともに、そんな自分を疑い続けることもかの作品たちは教えてくれるような気がする。そんな作家を見つけられて(見つけられたと思うことが)幸せなのかどうかも、これからずっと考えていきたいところ。

【映画】『静かな雨』を観に行きました

 映画『静かな雨』を観に行きました。我ながらなかなかのスピード感でした(上映している映画館が比較的行きやすかったというのもある。もっと上映館数増えろ)

  • 2020年2月某日 久々に『静かな雨』を読む(図書館本)
  • 同日「やっぱりいいなぁ」と思う
  • 同日「やっぱりいいから後で書店に買いに行こう、扱っていればいいのだけど」と思う
  • 同日 特に意味もなくインターネットで検索する
  • 同日 映画が上映されることを知る→とても驚く
  • 数日後 観に行く

  こういうときのフットワークは軽いのですよね…休日だったからというのももちろんあるのですが、映画というのは自分としてはかなりハードが高くて(だってチケット代が高い)「えいや!」と思い切りが必要で、行きたい」という熱が冷めないうちに行かないと永遠に行かないので…とにかく観に行きました。

 

 いや~良かった…のかな。私は好きな作品だったしこれを機にもっと映画を観ようとさえ思いました。備忘録として感想をまとめたいと思いまする。あらすじを語るのは面倒なので省きます。

 

行助の身体性

 主人公である行助(ゆきすけと読む)は生まれつき片足に麻痺がある(原作では松葉杖を突いている、とある)。映画では片足を引きずって歩いていて、ズッズッと音がする。まずここで私はびっくりしてしまって、というのも、そこには行助の体があるってことで。原作だと行助の視点で物語は進むわけで、足が不自由であるということは彼にとっては生まれてからごく当たり前のことで、わざわざ意識されないぐらい自然なことなのだ。不自由な足でどう暮らしていくか、その折り合いは彼にとってはだいぶ前についているもので、だから読者は行助の足が不自由であることなんて特に意識はしないのだ(少なくとも私は意識して読んでいなかった)。なのだけれど、映画では行助の視点で観客は物語を見るわけではない。視点はもっと流動的で、誰の目線にもなりうる。大体は第三者の視点だと思うけれど、視点は観客自身が動かせる。本を読むときもできなくはないけど、私は映画より難しいなと思う。どうしても語り手目線で読んでしまう。

 そんなわけで、映像として行助という人物を見たときに「こりゃあ大変だろうな」と私は率直に感じてしまったのだった。行助の背後に視点があり、足を引きずってひたすら歩く行助。行助の前を歩く人たちの姿はどんどん小さくなっていく(遠くなっていく)。これが行助の身体性であったわけだ。本を読んでいる時には忘れていた点だったので、びっくり、というわけでした。ここに冒頭のこよみさんとの会話「諦めの色をしていた」という話が絡んでくる。ひゃー。

 

想像以上のきつさ

 映画のHPにも書いてあるので書いていいかな。行助はパチンコ店の敷地で一人たいやき屋を営むこよみさんに魅かれるのだけれども、二人が親しくなった直後にこよみさんは事故に遭い短期間しか新しい記憶を留めておけなくなる。そこから二人がどうするのか、ってのが『静かな雨』のストーリーです。正確に言えば、こよみさんの記憶は一日しかもたない。毎朝、自分は何故ここにいるのか、自分が最後に記憶している地点と日付にズレがあるのは何故か、というところを解決してからこよみさんの一日は始まります。毎日です。行助は毎日毎日彼女と過ごし彼女との思い出を蓄積していくけれど、こよみさんは行助との思い出を積み重ねていくことができない。この事実を私は読んでいて甘く捉えていたな、と映画を観ながら痛感しました。

 例えばこれから私はいつものようにぐっすりと眠り、翌日億劫がりながらも起きて一日を始めるわけだけれど、今日の私と明日の私をつなげるものは何なのだろう。私は今日映画を観ました。「映画を観た」という経験を明日の私が当然のように覚えていられること。「映画を観た」私のまま一日を始められること。その連続性を私たちは自明のものとして捉えているけれど、本当にそうなのだろうか?いや、違うよね、ということをこの映画では暗に観客に投げかけている(そこが主題ではないかもしれないけど)。一日一日がぶつ切り状態のこよみさんは一体どんな気持ちなのだろう。そのこよみさんと一緒にいる行助はどんなことを思っているのだろう。映画を観ながらどうしても考えてしまいました。しんどいな、と思います。

 でも、そういうものじゃないかな、と思う自分もいます。

 確かに私は今日のことも昨日のことも引き継いで明日を生きることが今のところできているけれど、明日も生きられる保証なんてどこにもないし、人生って連続はしているけれどブツ切りされたものと考えることもできそう。人間はどうしても眠らないといけないし、そこで一旦意識は途絶えるわけで、毎日毎日が新しいといえば新しい。今日映画を観た感動を、明日の自分が全部覚えているわけではないし、人間はその瞬間を生きている生き物なんだろうなーということは考えていました。この考えは自分の中ではしっくりくるものです。まあ、でも行助のソウルジェムがどんどん濁っていく感じは見ててつらいものがありました。

 

逃げる?

 こよみさんは劇中で家族と疎遠であることが暗に示されてます(随分と帰郷していない)が、とあるきっかけで母親が登場します。この母親(なんと河瀬直美監督)が行助に放ったひとこと「逃げる?」のボディブローがじわじわと効いてくるのもたまらなかったです。この台詞のテンションがひゃーーーーって感じで。別に怒っているわけでもなく「こんな風になった娘、面倒だものね」みたいなニュアンスがちらちらと覗いていて行助を試す感じがね、ひゃーーーーでしたね。あとこの母娘、雰囲気が似ていて「ああ母娘なんだな」と思うのと同時に母親の振る舞いを見る感じ母と娘の間にある溝の存在もうっすらと見えて切なかったです。

 

 他にも色々と語ればキリがないですが、予告を改めて見たりして振り返ると好きな映画だなぁと思いました。なんか、すごく綺麗なものを見てしまったような、それって実在するものなのかなってぐらい純度が高い映画を観てしまった、そんな気がします(そこらへんはインタビューを読んでいると「寓話」という表現があって腑に落ちたろことがあります)。でも、どうしようもない生活でも映像として撮ってしまうと結構味わい深く思えちゃう何かがあるのだよなぁ(ホームビデオとか見ているとそう思うことがある)。

 

 親しい人と一緒に見たいと思う映画でした。映画を観終わってたい焼きを買って食べました。美味しかったけれどいわゆる「養殖もの」だったので、「天然」で一丁焼きにこだわっていたこよみさんのたい焼きが食べてみたいです。

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【THE BOYZ】何かに驚いた/『REVEAL』感想

 驚いたのでブログを書き始めている。が、一体何を書けばいいのかわかっていない。

 

 THE BOYZ君たちがカムバックしました。


THE BOYZ(더보이즈) 'REVEAL' MV

 

 なるほど。

 

 Teaserの段階では「全員黒執事やれ」とか言ってました私。

 

 今回のカムバックで、THE BOYZってなんなのだろうなぁ、と一層わからなくなりました。一番「THE BOYZ」だったのはもしかしたらデビュー曲の「Boy」なのではないか。私はまだ「Boy」があるからTHE BOYZを見失わないで済むのではないか、と思ったり思わなかったり。

 K-POPってとにかく競争が熾烈で3年生き残るのもなんだか難しそうだなと思うし、最近の楽曲を見ているととにかく「世界」を意識した音楽が作られていてそれがある種の流れになっている気がする。そこに巻き込まれたかTHE BOYZ、と思ったりもしたし事実これまでとは異なったダークな雰囲気でカムバックしたわけだけれど、どうなのだろう…なんか振り切っていない感じもあって少し安心しました(安心するところではないかもしれない)。

 

 「ぐわっ!!!」ってならないとブログでは書かないので、「ぐわっ!!!」っとポイントがあるはずなのだけど、何なのだろうな…(よくわからないまま書いているから書きながら迷走する)。

 

 まずサビがすごく切ないと思いました!歌詞は追いつき理解したのですけれど、映像とメロディでパッと入ってくる作り。こういう曲はとても好きです。なんか切ないなぁ…もう多くのアイドルは私よりも年下になって、だからかもしれないけれど「みんな幸せになれ!」と思うことが強くなり(苦笑)なんか悲しいよう、こんな思いしなくたっていいじゃないか、そりゃあ美しいけれど。夜ではなく降り注ぐ太陽の光を存分に浴びて幸せになればいいじゃないか、って思う始末。メソメソ。

 この気持ちを押し殺し鬼の心で聞くと、THE BOYZはもはやニューくんとソヌの声しかわからないという体たらくなのでとっととパフォーマンスに行ってみよう。THE BOYZの声の顔はやっぱりニューくんなんだなあ。そこをちょっと変えてみても面白いと思うのだけれど。

 やっぱりTHE BOYZはカル群舞。人数の多さが欠点にならないパフォーマンスは惚れ惚れしますな。これがTHE BOYZ。明るめの雰囲気はキューくんのキラッキラな笑顔が映えるけれど、黒を基調とした映像だと、まー、ジュヨンが抜きんでる(というかそういう見せ方をしている)。このどっちに転んでもそれぞれ得意なメンバーがいるってのがTHE BOYZの強みであります。キューくんには圧倒的自我、作為を感じるけれど(貶してないですよ)ジュヨンは憑依タイプ、というかこういうのが似合う人なんだよなぁ多分。そしてこのコンセプトは絶対ファルが似合っていたので私は悲しい。メソメソ。そして大穴はケビン・ムンお兄さん!!!圧倒的色気!!!スーツが似合う!!!


늑대소년+수트 = 더보이즈 성공 조합(🐺+🤵=💝) | THE BOYZ_REVEAL | 수트댄스 | Suit Dance

 こういう驚きがあるので、K-POPオタクやめられん…。

 その他、私の血が湧いたポイントを書いていくと、

 MVのニューくんの服が半袖だったんですけれどそれが素晴らしい(←そこ?)エリック君はとても狼っぽく荒々しい感じが出ていて良かった。服についたペイントが赤ではなく青なのは何か理由がありますでしょうか。ソヌ君は外見がとても狼っぽいので(同時に狸っぽさもあるのですが)このコンセプトの顔ですね、そしてラップがとてもお上手。ぺらぺらと言葉が流れていく様に惚れ惚れします。私はふわふわジェイコブさんが好きなのですが、自パートの悲しそうな顔もそれはそれで好きです。早く音楽番組のパフォーマンスが見たい。ニューくんの土台になりつつ数秒後颯爽と自分のパートをこなすケビンさん推したいハンニョン君は可愛い可愛いなのだけれどやっぱり君は屈託のない笑顔が似合うなぁという思いを噛みしめ、班長さんは流石の貫禄なのですがいかんせんカットが少ないというかこれから注目していきたいです、ヨンフンさんはどう考えても美形だな鎖骨お大事にしてください悲しそうな顔を似合わせてはいけないと思うな、かっこいいけれど。ヒョンジェさんのホスト臭がすごい。声の抜け感がヒョンジェさんだなと思う瞬間が多々顔がよい。キューくん。MV自パートで人差し指を口に当ててちょっと笑みを浮かべるところが作為的って言っているんだよ天才か。あとふわふわの洋服とチョーカーという組み合わせがけしからん。そうは言いつつジュヨン、君がこの曲の圧倒的顔だ。かっこいいとにかくかっこいい。本人無意識にやっているんだろうなぁ…(本当かどうかは知らないが)そういうところ含めて沼なのだろうさ。

 

 ということで「ぐわっ!!!」っとポイントはやっぱりミュージックビデオの映像でした。みんなかっこいいーーーセットがきれいーーーー。素敵ーーーー。ということですね。

 

 そうなのですが、このアルバム正規1集ということでなんと9曲も収録されていて、私はもっぱらSalty以降の楽曲が好きなのでなんだかなーという感じがしています。アイドルが魅せたい姿と、見たい姿が必ずしも一致するわけでないけれど、それも面白いと思うし、書きながら考えていて、なんというか、わかりました。私のTHE BOYZは「シティーボーイ」街に生きる人たち(とてもBoyの世界)であり「12人いる!」なんですね。なるほど。なんか建物が恋しいですね(←?)THE BOYZ、どうなりたいのか私にはわからないけれど、それでもかっこいいなぁと思います。これからもTHE BOYZらしさを大切に、他のグループと同じようなことしてくれるな、という難しいことを要求し、筆を置きたいと思います。耽美なTHE BOYZも良きでした。

 

【嵐】Carry on むかしばなし

個人的な感傷の話をしようと思う。

 

嵐の楽曲がサブスク解禁された暁には、まず『Time』を聴こうと思っていた。私がまともに聴いた嵐のアルバムは実はこれしか無いのだった。しかも聴く曲聴かない曲まちまちなものだから、当時の自分の、音楽に(ジャニーズに)対する関心の薄さが見え隠れする。

Oh Yeah!が一番好き。確かペットボトル飲料C1000のCMに使われていた。初夏のプール掃除。ホースからバシャバシャと水が飛び散り爽やかなアイドルの嵐、そしてさっぱりとしたC1000。タイアップとして申し分ない楽曲、広告効果は抜群で、10年ぐらい経っても覚えているのだから(の割にはC1000は買わないけど)CMのイメージはすさまじい。そして次に控えるは天下のLove so sweet。ラストの念押しのような「信じることがすべて 明けない夜はないよ 信じることがすべて Love so sweet」のパートが好きなのですけど、いざ文字起こしするとなんというか正論で苦手だなぁ(あのメロディに乗るからこそどうにかなる)と思ったりする天邪鬼。

そんなこんなで、幾つものタイアップ曲を抱える『Time』というアルバム。そのなかでもOh Yeah!を聴いたら次に聴くのはCarry on。前日の夜布団に潜り込んで眠りに落ちる直前に私は考えていた。前置きは長くなりましたが、Carry onという曲の話です。

 

当時、繰り返しよく聞いていた。あの頃は完全に病んでた感じがする。学生という時期は、今から考えるとどうにも閉鎖的で、鬱屈した感情が溜まりやすく(まあそういう時期だとも言える)今の自分のまま当時に戻ることができるなら戻りたい気もする。戻りたくない自分もいるけれど。なりたいこともやりたいこともなかったので

昔から明確な夢や目標がないので「夢を諦めるな」というメッセージが響かない。「夢を持つことの尊さ」「ある目標に向かい努力邁進することの美しさ」を歌う曲は、「そりゃあそうなのだけど…でもよくわかんないな」と、複雑な気持ちであった。がCarry onという曲は「夢を諦めないで」というようなことを歌うのと同時に、「明けない夜はない」「やまない雨はない」ということも強く主張していて、それが当時の私としてはちょっとしたコペルニクス的展開だった。確かにやまない雨はない。そういえばこの「やまない雨はない」という表現は、今思えば梅雨や秋雨を経験してないとなかなか難しいのかなぁ、どうだろう。そりゃあ雨は止むと思うけど…それは常識ではないような気もする。ある程度の期間雨が降り続いたからこそわかる太陽のありがたみと眩しさがイメージできるとより実感できる言葉かなぁ…(熱帯地域の雨の降り方はスコールだときくので、私はもっと短く何というか刹那的なイメージを持っている。もしくは空の気まぐれ?)話が逸れた。やまない雨はないらしい。そうか、ではもう少し生きるか、よくわかんないけど。そんな気づきを、私はこの曲から得た。具体的に何かになりたいわけではなかったから、今自分はよくわからない着地点で生きているけれど、とりあえずは消えずに生きていけてる。

 

そして10年以上経って私はこの曲を改めて聴いたわけだけれどどうだろうか。聴き方は変わったと思う。昔ほど何かを意識して追い詰められてるわけではないから、この曲を聴いてもう泣いたりはしない。夜が明けることは知っている。というより、真っ暗な闇の中でもがくこともそれなりに…経験になる?エピソードになるというか、そういうものであるだろうと思うようになった(でないと私はそれを乗り越えることができない)。そう、夜が明けるということは教えてもらった。だからもう明けても明けなくてもいいか、と思うようになった。それは「夜はいつか明ける」と確信が持てないとありえない考え方だから、やっぱりCarry onという曲は私にとって印象的な曲なのだと思います。

何が自分にとって大きな存在になるのかは、本当にわからんなぁ…と思う。まったく予想だにしてなかった未来が広がっているのだから、不安になりながらも生きたらいいのではないか、と思う。

あの頃とはまったく変わり音楽を少しずつ聴くようになったから、これからは時々だけど知らない嵐の曲を聴こうかなと思います。昔はジャニーズが苦手だったんですよ、びっくりびっくり。

Carry on

Carry on

  • J-Pop
  • ¥255



 

【食べ物】クレープが食べたい

 2019年はタピオカミルクティーの年であった。

 

dorian19.hatenadiary.jp

 

 2020年はどうか?

 クレープの年である。

 素晴らしきかな。クレープ。新年明けて5日目にして、私は、なんというか、そんなに人がいないショッピングビル(如何とも形容し難い建物)の中に入っていたよくわからないクレープ屋さんのショーウィンドウのチョコバナナと目が合ってしまったのだ。ぎくりとした。クレープ。私の記憶の中では500円くらいするものであったが、380円くらいだったので震えた。キョロキョロと意味もなく辺りを見渡し、クレープを買うことをさまたげるものがないことを確認した(お財布に400円ほどあれば私はクレープを食べることができる)。3分後には出来立てのクレープにかぶりつき、ニコニコする私であった。

 「クレープ、食べてもいいの?」無意識に誰か見知らぬ人の承認が欲しい気持ちになるのは、私にとってクレープとは手が届かない高みの存在だったからだと思う。クレープ、買ってもらったこともなかったし自分で買ったこともなかった。贅沢品だと思っていたし、今も思っている。そう、書籍に近い。手を伸ばす時少しだけ抵抗感が生まれるあの感じだ。ケーキに対してはそんな抵抗を感じないのに、クレープに対して感じるのは不思議なことだ。ケーキの方がよほど値段が高い時もあるというのに。

 クレープの醍醐味は「生クリーム」だというのが今の私の見解。時々生クリームに埋もれたいという欲求に頭が支配されることがある。生クリームは私を否定しない(私の胃袋が受け付けない時はあれど)。生クリームのベットがあるならそこにダイブしたい(理想です)。生クリームはいつだって甘くてくどくてまろやかで。マッサージより生クリーム。温泉より生クリーム、である。ケーキだとそこにスポンジやタルト生地がついてくる。そうなると少し強い。私はベッドに潜りたいだけなのに、余分なものがついてくる気がしてしまう。ケーキは嫌いじゃないけれど…。生クリームを堪能する時、クレープという食べ物はケーキよりも生クリームがダイレクトに味わえるのではないか、という気づきを得て以来(つまり今年の1月のことです)日々生きていると禁断症状のようにクレープについて考え始めるようになった。例えば疲れた時など。

 毎日毎日「クレープを食べたい」と思っている。でも流石に毎日は食べられないので、クレープはある種の手札として考えることにした。ここぞというタイミングで出すとっておきのカード。毎日考えている。「今、クレープを食べるべきタイミングか?」と。大概の場合は「ノー」だ。もっとクレープを食べるにふさわしい日があるはず。今日は別にチョコを食べてしまったし、とか。今日は全然頑張れていない、とか。お腹が空いていない、とか。もっともらしい理由をつけてどんどんクレープを食べるタイミングを遅らせる。そうして本当に耐えきれなくなったとき、落ち込んだときに、私はその札を掲げるのだ。きっとピカピカ光り輝いていると思う。そして何も気にせず頬張るクレープは心底美味しいものになるだろうと思っている。

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【A.C.E】VIXX「On and On」をカバーしたやつを愛でたい(そして祝いたい)

 2020年の1月30日木曜日、時刻は夜9時をまわったところ。とある街の歩道を歩きながら、私は泣いていた。

 

 嬉しくて。

 

 何故?

 

 これのせいです。

 

 

 こんなはずではなかったのに何故かその時間まで働かなければならず(終わらない仕事!)まあ見通しある「仕事終わらない」だからいいっちゃいいのだけど(本当にきついのは先が真っ暗な「仕事終わらない」である)週の半ばである木曜日だし思考が鈍麻していたというのは、ある。そして、本当に嬉しかった。嬉しくて動画見ながら少し泣いた。

 A.C.Eありがと~~~~~~が言いたい文章です。(A.C.Eのパフォーマンスについては後半の後半にがっつり書きますね、言いたいことたくさんあって)

 

カバーしてもらいたい

 1つ好きなアイドルグループができると、そしてその曲を心底好きになると、「(他のグループに)カバーしてもらいたい」という欲求が生まれる。

 その欲は色々な気持ちで構成されていて

  • カバーしてもらえるくらい知名度がついてほしい
  • 彼ら彼女ら以外がどんな風に楽曲を解釈するのか見てみたい
  • その解釈を見て改めて本家のパフォーマンスを再考したい

みたい感じで。例えば「知名度」でいうならば、今回の「嬉しさ」は多分ここからきている。それこそたくさんのグループがあり楽曲があり売れている曲がありその中でVIXXを選んでくれたということ。バッキバキのダンスと全員ボーカルか?というハイスペックグループA.C.E様が私の大好きなVIXXをカバーするということ。「傷つく準備はできている」という曲を選んでくれたということ。嬉しすぎませんか。だって他にもカバーできる曲があるのに、その中でVIXXだよ?すごいことじゃないですか。この「選ばれた」というのは、VIXXの楽曲がアイドルの中でもちゃんと知られているんだなぁ…(そりゃあ伊達に7年生き残ってきたわけではないですから何と比較するかはさておき私も知っているし好きだしVIXXは「知られているグループ」ではあるのでしょうが)と嬉しくなってしまう。ましてや今VIXXは兵役ラッシュでグループとしての活動はあまり無い状態ですから…。そして~この「傷つく準備ができている」は2013年にリリースした楽曲~~~ちょうど7年後に、カバーされる?そんなことある!?という、これだけ書けば私の興奮もわかっていただけるでしょうか。いつもいつでも、私は自分の好きなグループが他の誰かにカバーされることを願って楽しみにしています。

 

カバーしてもらったVIXX

 といっても、VIXXは過去にも色々なグループからカバーしてもらったことがあります。ありがたいですねえ…まあ、いちファンなので「ありがたい」とか言える身分ではないんですけれど、それでもありがたいこと…私嬉しい…。

 

KNKのError

 そうなのそうなの(←!?)あとでA.C.Eのところでも言いたいのだけれど、VIXXをカバーするということはカバーするグループが自分たちをどう考えているのかその分析の結果を垣間見ることができる、ということでもあるんですね。KNKのErrorは本当にその実例だと思っていて、一言で言えば「わかる!!!!!!!!!!!握手!!!!!!!」なのです。わっかるよ、VIXXと同じく、むしろ平均身長はVIXX越えなKNKがVIXXをやるのはもう自然の摂理。その中でも悲哀が似合うKNKがErrorでがっつり聞かせるのはその通り。メインボーカルであるユジンさんの声がどかーんと響いております。サビの振付なんかは手足が長いスタイル良い人ががっしがし踊るからこそのものだと思うし、どっしりとした重厚な印象をKNKには抱いているのでその点もばっちり合っていました。インソンさんはケンちゃんみある甘いルックスだし、ヒジュンさんはホンビンっぽさがある。当時からこんな風に「わかる…わかるぞ…」と喚いてたな(遠い目)

 

VERIVERYの桃源境

 これも嬉しかったなぁ…。VIXXの後輩VERIVERYによる桃源境のダンスカバーです。本当に華奢だな。何故「桃源境」なのか、というところがポイントだと思っていて、Rock Ur Bodyとかもいいと思うのだけどな(チラッ)いまだにブツブツ言っておりますが、これも何故VIXXの楽曲の中でも「桃源境」をカバーしたのかってところが妄想膨らむポイントで、当時の「爽やか可愛めニュージャックスウィング路線走行中!の段階で過剰に色をつけたくなかったのではないか?」というのと「ダンス武者修行の一環」による選曲ではないかというのが私の妄想です。それはある程度成功していて、黒で統一された衣装でメンバーにスポットをあてる以上にVERIVERYの持ち味のぴたっとそろった群舞を魅せることができているし、少し系統が違うダンスだから表現に新しい風を取り入れるってのもできていそう。じゃあRock Ur Bodyのカバーをしてプラスして何を魅せたいのかって考えるとちょっと弱いから…でも本当に見たいんですけれど…(チラッ)他にもChained UpとかDynamiteとかちょこっとカバーしてくれてますね。

 

ASTRO(デビュー前)の呪いの人形

 プレデビューの場でのカバーダンスでしょうか。教えてもらって知ったのですが、ダンスの鬼であるラキくんがぬらぬら気持ち悪い動きをするので最高です(誉め言葉)。人外の動きを演ずるにはラキくんほどうってつけの人材もいないように思えるのですが、ASTROはまだ(まだ)人間なのでね…こちらの世界にきてもいいと思うのだけどね…でも爽やかコンセプトが私は好きだから板挟み。

 

 他にもパッと記憶しているところだとgugudanちゃんのChained Upのダンスカバーとかunder19(オーディション番組)の課題曲に桃源境が使われてましたね。多分もっとカバーされているとは思うのですが、そんな感じで例えばEXO・BTSなんかと比べるとまあ少ない。というかこの2グループのカバーが王道といえば王道なのかしら。(カバーに王道なんてあるのかしら)

 やっぱりカバーされることで、本家の特徴的な部分が浮き彫りになるってのも醍醐味です。VIXXでいうと高身長が揃っているところやラビのがつーんとしたラップパートがないと物足りないとか、メインボーカルが鳴らしまくっているなぁ…やっぱりスカッとする、とか。さて、そろそろ本題(まだ本題に入ってなかった)のA.C.Eさんのパフォーマンスに行ってみましょうか。

 

VIXXをカバーしたA.C.E

 

 すごい仕上がり~。完璧を目指しとことん細部まで意識を張り巡らせてカバーしてます。衣装、メイク、髪色までカバーしてくるとは。このために髪色変えたのか?って感じですもんね(事実ダンス動画では黒髪です)あまりに忠実かつフルで披露してくれたので、こんなことしてました。

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 同時視聴(ちょっとズレたけど)。

 A.C.Eは5人、VIXXは6人なので動線がちょっと違うところもあるかと思いますが、

  • えねねん→ジュンさん
  • レオ→チャン君
  • ケンちゃん→ドンフンさん
  • ラビ→ワウくん
  • ホンビン&ヒョギ→ビョングァン

と、総合力半端ないA.C.Eだからこそできることっすよね…チャン君がレオさんできるんだもんなぁ…みんな歌えるもんなぁ…つえー。またこの分担に沿って髪色が忠実なのが本当に感激ものでして。ジュンさんの銀髪とか見たかった!!!ジュンさんが銀髪!!!わかる!!!似合う!!!チャン君にはヒョギをやってもらいたかった欲もあるんですけど、終始カラコンがバッチバチに似合って妖艶だったので文句はありません。ありがとうございます。流石のドンフンさんがメインボーカルとして鳴らしまくっているのも最高だったしワウさんのちょっと粘着っぽいラップが新鮮でした。やっぱり色々な人にやってもらえるの嬉しいね(VIXXのファンとしてタチルのラップパートはラビさんのエネルギーがどかんとくるのが当たり前のパートだったもので)。で、悲しいかなこの時期はそんなにパートが無いけれどいいところをもらっているヒョギと、ビジュアルセンターのホンビンのパートを、とにかく個性個性圧倒的色を持つビョングァンさんが担当するのはわかりすぎる。完璧なパート割、A.C.Eと運営、わかってる…!!!

 見れば見るほどしっくりくるこのカバー。やっぱり2019年に出した曲の流れからも無理がない感じだからでしょうか。私は無理が無いと思うのだけど…例えば私が大好きなTake Me HigherからのタチルよりはUnder CoverやSavageからの流れの方がしっくりくる…多分A.C.Eってのは化粧のノリが良いグループってことが2019年で存分に知ることができたってことなんですよね。Under CoverとSavageのMV、どちらも好きです。A.C.Eマジで生き残れ…売れてくれ…。

 そう、このタイミングで、何故VIXXなのか、VIXXの楽曲の中でもOn and Onなのか。まあ、わかる…。結果的には多分どの曲でもその曲がベストな選択だって言えちゃうのだけれど(オタクだから)それでもタチル、わかる。A.C.Eとその運営がタチルという選択をしたという事実が、なんというかきちんと考えてんのかなーと思わせるもので(直感的にそう感じてしまう)本当にありがとうございました、そしてA.C.E頑張れ、という気持ちになりました。タチルが良かったのは、一言で言えば、カラコンなど目を引くビジュアルの一方で、メロディではまだ堕ちてないのです、タチルは。これがHydeや呪いの人形、それ以降になると色々ぐちゃぐちゃと鬱屈したものがついてくるので(そこが好きなんですけれど)悲哀と、メロディの明るさというか加速力?が絶妙なバランスで踏みとどまっているタチルをやるのがいい。底なしの沼にどっぷり浸かって染まらない程度に。いや~~~~いいものを見させてもらいました。A.C.E、今年もいい曲出すといいなぁ。(そして私は行く行く詐欺をしているA.C.Eの現場に行きたい)。

 タチルが1月リリースだったと思っていて、これまでのコンセプトを一新させて注目され始めたきっかけがあるから(そこから2013年に音楽番組での1位を獲るまでになる)曲の力を借りてA.C.Eがもっと知られればいいと思います。少なくとも今回のカバーでびょるぴ(VIXXのファンの通称)は味方につけたと思うので(思う)A.C.E、応援しております。

 

カバーしてもらいたい

 ずっと好き好き言っているのがA.C.EのTake Me Higherなので、この曲も他のグループにカバーしてもらいたい。でもすごく難易度高そう。身体能力高くないとこの曲の動きは無理な気がする…(ダンス詳しくないですけれど)

 

【VERIVERY】ぐっと沈み込む感じ/『FACE ME』感想

 VERIVERYのアルバム『Face Me』を買ったので感想をつらつら書いていきます。

 書き出しはカムバックした週だったはずなのに、気がつけば数週間経ってもあげられない。書きにくいというよりは、「よし、OK。書いた!」と思えない。まだまだ掴めていない、そういう作品なのかなぁ、と自分の中では思っています。

 

dorian19.hatenadiary.jp

 

 何度も聴いたり音楽番組のパフォーマンスを見たりと、聴いた当初とはだいぶ違った印象を抱いているので(これが俗にいう「慣れる」ということ)今改めて書くのも意味があることかなぁ…と思って書くことにします。何も考えずに書き出しているのでどこに着地するのかわからないのですが、とりあえず行ってみましょう。

 

1. PHOTO

VERIVERYの3rdミニアルバムのタイトル曲「Lay Back」は、R&Bとディープハウスが結合されたダンス曲で「僕の中の本当の僕に直面して、より率直になることに恐れるのはやめよう」というメッセージを込めた。

このほか、VERIVERYが描いていく新しいストーリー「FACE it」のスローガンの序幕を知らせる曲である「PHOTO」、メンバーが作詞・作曲に参加し「ファンクラブ『VERRER』と共にするすべての場所はパラダイス」という意味を込めたファンソング「Paradise」、ステージの上で一緒にいるすべての姿を特別なシーンに比喩した歌詞が印象的な曲「Curtain Call」、VERIVERYならではの特別な慰めソング「MOMENT」なども収録されている。

引用元→ http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=2133715

 

 『Tag Tag Tag』という曲は、「天才か?」と思ってしまいたくなるある種の転換をもたらした楽曲だと思っていて、VERIVERYをめぐるキーワード、「DIYドル(楽曲や動画などを自分たちで作り上げてしまうアイドル)」「アイドル」「セルカ(セルフカメラの略。いわゆる自分で自分を撮る「自撮り」のこと)」「見られる」「撮られる」に言及した面白い曲だなー、すごーい、というもの。そこから2年目の「FACE it」の幕開けに「PHOTO」というタイトルの楽曲を持ってくるのは、流石の流石、と感激の私です。

 終始メロディは禍々しく、なんというか先輩グループであるVIXXが好きな私としてはニコニコしてしまうのですが、激烈であるあまり、「他のアルバム収録曲から浮いてね…?」というのが先日書いた感想の趣旨でありました。

 

 正直VERIVERYこういう曲もできちゃうんだ~~あ~~~そういえばEXOのMonsterとかカバーしてたね、という感じで、実は綺麗に伏線めいたものを張り巡らせてはいたことに気づかされました。元々ダンス動画などもRing Ring Ring等の明るいニュージャックスウィングテイストの楽曲というよりは、低音ばきばき鳴らしているかっこいい曲を踊っていることの方が多くて「こちらのVERIVERYもかっこいいのに…」と思っていた過去の私よ、2020年のVERIVERYはさらにかっこいいぞ。

 この楽曲(Lay Backもそうですけど)では特にヨンスンの表現が光に光ってて、「チャハギョンの再来…???」と私はワクワクしております。何故そう思うのかというと、頭をがばっと振るところや、少しずつうなだれるところに見られる細部の表現が見事だからです。振付を消化するのは正直VERIVERYはみんな及第点を取れているというか、だからあんなにきちっと揃ったダンスができていると思うのですが、そこをクリアした上で「自分の解釈を載せることができる」のはなかなかいないのかなぁ、なんて。もちろんケヒョン様のダンスとかホニさんのちょっとしたところとか、各メンバーそれぞれ色出してきてるなとは思います。そして表現しているけれど上手く伝わらないとか色々あると思います。曲を解釈したうえでそこを観客にもビシッと伝えられるのがVIXXのNさんでした。Nさんの解釈が好みだから、なんというか自分のそういうセンサーに引っかかっちゃうってはあると思いますけどね。「解釈」というとなんだか仰々しいので、「自分の解釈が載っている」ってのはつまり表現する側の「ここを魅せたい!!!」というポイントをアピールできるかどうか、ってことなんだと思います。そういう意味で、ヨンスンはNさんのアプローチと似ているのかもしれないなと思いました。ヨンスンのブログとか読んでいると、一人洞察(とそれをてらいなく表現できること)がすごいので、そういうのが得意ということもあるかもしれない。

 ボーカル面で言うと、あれです、Cメロのヨノの低音がヨノだとわからなくて泣きました。今回思ったのですが、ヨノの高音はケヒョンに、低音はミンチャンに、それぞれつなげやすい響きをしているのかもしれない。私は音源で聞いたとき、Cメロはミンチャンの独壇場だと思ってたのに、半分はヨノだったなんて…わからなかった。メインボーカルというのは「これが、メインボーカルだ!」という確固とした形を持っている歌うまな人が多いなと思っていて、パッとわかりやすいのに、ヨノはもう少し馴染みやすい声なのにめちゃめちゃ声量あるし安定感抜群な歌うまさんなんですね。

 VERIVERYのアルバムについては最初から最後まで通してぐるぐる聴くのが好きなんですけど、困ったことに『PHOTO』で「あ、ここどうなっているのかな、もう一度聴きたい!」ということばかりでその先に進めず困っています。

 

2. Lay Back

 最初のベースの音で「うおっ!?」と引っ掻かり終始狂わされっぱなしの楽曲。当初はそんなに好きじゃなかったんですけど(←え?)何回も聞くとそれはそれで聴きどころを見いだせて楽しいです。この曲は音楽以上にダンスが好きになりました。

 すごいな~。アイドルって「ダンスが好きな人」「踊っちゃう人」「踊らされるのが上手い人」色々いると思いますが、VERIVERYは「踊れるようになるまでの忍耐力」がすごそうでどんだけ練習しているのか知りたいようで知りたくない。だって踊るよりは歌う人がここまでピシッと揃っているのは意味がわからないじゃないですか。余談ですが「踊っちゃう人」はなかなかいないので、誰かK-POPアイドルで「踊っちゃう人」がいればこっそり教えてください。ケンちゃんとか実は「踊っちゃう人」だと思っているのですが…。腕や足をぎゅっと伸ばすときの気持ちよさ、リズムに合わせてトントンと足を運ぶおさまりの良さ等、見どころがたくさんあるダンスパフォーマンスです。

 ボーカルで言えば、ホヨンとドンホンのラップが今までのVERIVERY楽曲とは一線を画した雰囲気でそこも聴きどころであります。ラップの良し悪しってのは全然わからんのですが、リズムが難しそうってのはわかる。あとホヨンはダンサーでもあるのでそりゃあ踊れるのですが、気合入れてピシッとかっこよくきめるドンホンや解釈ノリノリ動きが綺麗なヨンスンとはまた違って体の軽さを活かしつつ、大変そうに見えない踊り方をするのではピカイチなんですね~。ついていくので大変って感じじゃないので見ていて安心できるし、どころどころふわっとしている。

 ミンチャンのイケメンボイスで歌われるShow me your faceからのPlay back, play back~Pay back, pay back~の音と動きのハマり方が好きです。あと蹴りだすところ。これは象徴的な振付ですよね。

 

3. Paradise

 あとは心穏やかに聴ける楽曲が続くのでほのぼの聴きます。にしても、ミンチャン声がいい。何度でも言いたい。声がいい。ミンチャンの声の良さはバラード楽曲で映えに映えまくるので攻守隙が無いVERIVERY。VERIVERYをVERIVERYたらしめている声、ミンチャン。攻撃の布陣ではケヒョン氏が前線に立ち、防衛ではミンチャンがどしっと低音で待ち構えるというね…そういうところが好きなの私。頭負傷により離脱中(2019.01.13時点)ということで否応なしにその存在のでかさを感じているわけですが、Lay Backにしても、ここぞというパートのミンチャンの中低音の歌声は他の誰にも代替することができないものですね。あとこの曲はBメロかな、コーラスの部分がすんごく綺麗で毎回「この部分誰のを録っているのだろう…?」になります。コーラスがめちゃめちゃ綺麗。コーラス目当てで聴いているといっても過言ではない。

 

4. Curtain Call

 メドレーを聞いてた時点では一番引っ掛からなかったのですが、実は総合力の賜物、Curtain Call。というのも、ボーカルではどうしてもあまり推されないヨンスンカンミンが頑張っているように思えるので。ラストサビで声張り上げてる子、カンミンじゃない…?と思っています。頑張っとる…。

 

5. MOMENT

 これが〜VERIVERYなんだ!!という楽曲。アコギ一本携えて浜辺で歌ったね(この曲じゃないけど)。そこから1年で着実にスキルアップし鬼スケで活動してきたね本当にえらいね、としみじみしてしまうのですが、それらの出来事が良い記憶としてこれから何かあったとしても残ればいいなぁ…と思います。それはその瞬間がとても記憶に残る意味深いものであることも必要ですが、その瞬間を思い出すその時の自分の気持ちによっても変わるもので、だから幸せな思いをたくさんしてもらいたいなぁ…と思ったりします。それは推してるグループだけでなく、あらゆる人たちに当てはまることですけどね。ちなみに、私はアルバム全体をリピートする聴き方が好きなのですが、MOMENTのあとは、トラック1のPHOTOになるわけで、毎回「面白///」となります。

 

 

 そんな感じですかねぇ…。ほんと先に挙げたやつでも言っている通り、このアルバムはうまく全体をまとめることができていなくて、どうしても前半2曲と後半3曲でカテゴリー分けをしてしまうのが惜しいところであります。

 しかし 私は「あ!ここが変わった!こんなところ見たことがない!」というアイドルが好きなので、Tag Tag TagからのLay Back活のかっこよさは本当に素晴らしいですし、見ごたえがあります。みんなかっこよくなった。さらに痩せちゃったけど…。Lay BackのMVが1000万回という大台に乗ったこともあり、コンセプトの切り替えはそれなりに評価されているのかと思うと嬉しいです。Tag Tag Tagの方が見ごたえはあるのだがな…あのMV怖いのかな…『呪いの人形』を通ってきた身としてはまだまだ甘くしていると思うのに。程よい不気味さと甘さ加減のバランスが本当に素晴らしいMVなのでもっと視聴されてほしいなぁと思います(アルバム『FACE ME』の感想ですよ私)。

 

 Lay Backで打った布石が、2020年、どうなるのか。とても楽しみに思える『FACE ME』となりました。君が好きと無邪気に叫んだ彼らが(ほんと劇薬を味わったかのようなある種の躁状態で。君に出会ってパッと世界が明るくなったのだろうなぁ)ちょっと落ち着いてぐっと沈み込み少しドロッとした粘りを伴って君を見るようになってきているのでオラわくわくすっぞ状態です。なんというか内向き加減が強くなった気がしますねぇ…。カラッと笑っていた1年目の曲も痛み知らずな感じがひやひやする、と読むこともできてそれはそれで怖いですが、Lay Backの歌詞もなかなか怖いなぁ…私(もちろん好きです)。「目が見えなくなってもいい」のかぁ…。

 

 ということで、健康第一!Lay Back活動をゆるっと見ながら次の作品を心待ちにしています。

 

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ネクタイとか小道具をインスタにあげることは今からでも遅くないですよ、何卒