根津と時々、晴天なり

大好きなものをひたすら言葉を尽くして語りたいブログです。

【読書】夢中になること、それは「才能」~ちはやふる31巻より~&明日の抱負

かるた部を描いた漫画「ちはやふる」は、私がずっと追いかけ続けている漫画です。最近は熱が冷めてしまった部分もあるのですが、やっぱり読むと「発見」がある。作者さんが込めたんだろうな~という思いがガンガン伝わってくる漫画です。

私が好きなのはこちら。

ちはやふる(5) (BE LOVE KC)

主人公の千早が初めて、クイーンと呼ばれる女子かるた界トップに君臨する若宮詩暢と戦う巻です。

 

と、今日はそちらではなく、3月11日に発売された31巻について。

ネタバレも含むと思うので、注意してください。

 

ちはやふる(31) (BE LOVE KC)

 

続ける力

唐突ですが、学生さんだと身近な国語の教科書。私は国語の教科書を新学期にもらったときに初めてすることは、教科書に収録されている「小説」を読むことでした。そして、問題集に取り掛かるときも、小説を読むのがとても楽しかったのを覚えています。それこそ、現代文の問題そっちのけで読んでました。

確か、村山由佳さんの『星々の舟』だったと思います。国語の問題集でその中の一節が問題で使われていました。私はそれに強烈に感激して。その小説に出てくる少女。漫画を書くことが何より好きで、退屈な授業なんて面白くない。そういう描写でした。

 

私が覚えているのはこういう一節(間違いなく正確ではない表現)

 

努力できるってことは才能。努力したいと思えることが才能なんだ。

 

はぁ~、と。しびれましたね。そうだと思いました。

 

才能って、宝の原石じゃないのだと。それを磨き続けられるってことが才能であり、大した宝石の原石じゃなくても磨き続けることが光を帯びていく(泥団子も極めるとつるっつるになりますからね(笑))

 

今回の「ちはやふる」でもそういう描写がたくさん詰まっていました。「粘れ」と。正座も30分前にコツを習ったところで、日頃心がけている人には敵わないと。自分を人を変えたければ続けろ、と。逆を言えば、続けていけば何かしらの境地にたどり着くのだ、と。

 

「だって」と「でも」を言う前に

太一のお母さんの言葉がここに来て登場します。「だって」と「でも」。この言葉、可能性を狭めてしまう言葉なのですな~。「だって」と「でも」を言うのは構わないと思うけれど、それがもたらすもの、その言葉を口にすることで失われている世界にもっと思いを馳せてもいいのかもね、そう思いました。

 

私の続けたいことは?

夢も、目標も、大したものはないですが、ないままでも仕方がない。無理やり意識しているのは「走ること」です、私にとっては。速くなりたい、というよりは、「いつまでも走り続けていたい」。走ることが日常に組み込まれているようになりたい。それは頭で考えまくってどんどん憂鬱になってしまうことに対する抑制機構。なのです、私の中では。

 

ということで、明日ハーフマラソンに出てきます。ランニング日誌さぼりまくってますね、再開しないと(笑)とりあえず明日は楽しもう。楽しみです。