根津と時々、晴天なり

大好きなものをひたすら言葉を尽くして語りたいブログです。

【アイナナ】ダンスマカブル 前編感想

 スマホアプリゲーム「アイドリッシュセブン」内のフルボイスイベント『ダンスマカブル 』前編を完走しましたので、後編が始まる前に備忘録。ちなみに『ダンスマカブル』は復刻版(以前やってたのかしら?)で、前編を遊んでいない人も後編配信時に前編から楽しめるみたいなので、よかったよかった、万が一これを読んで「あらやってみようかしら」と思った人がいたら申し訳ないですもんね。

 「後編が始まる前に備忘録」と書いたのは、ストーリーすべて知った後のご褒美みたいなものです。「ああ、あの時の私、呑気だな~~~」とか「全然予想と違うでやんよ(ケラケラ)」など、自分の予想がどれくらい合っているのか合っていないのか、答え合わせの為に私はこれを書きます。最初から前編のネタバレありきで書きますので、ストーリー未読の方は要注意です。

 まず書き手である私の情報から。

  • アイナナ歴:6か月未満
  • アニメ:見てない
  • ゲーム内ストーリー:2章まで消化済み(つまりZOOLの皆さんをあまり知らない)
  • 好きなキャラ:日替わりで替わる
  • 好きな曲:THE POLiCY(アニメ見てないけど)
  • アイナナをはまるきっかけになった曲:4-ROARとMONSTER GENERATiON
  • ウエハースで引いたキャラ:九条天(2枚中2枚)

 

全体的な感想

 パッと消化した感想では、(私の好きなゲーム)FF13とか(読んだことある)『テガミバチ』の世界に似ているな~~~、というものでした。つまり「上と下」という二分された世界があり、お互い没干渉ゆえに恐怖と憎悪をたぎらせ(恐怖と憎悪は言い過ぎですが)、格差と分断が生まれている、と。この「上と下、二分された世界」の構造の源流って一体何なんだろうなと気になるところではありますが、それはさておき、似たような世界観の物語が既にたくさんある以上、物語の結末も自ずと予想がつくものです。今回は果たしてその予想が当たるのか、裏切られるのか、これがまず1つのポイントでしょう。

 ストーリーはめちゃめちゃ面白かったです。空に浮かぶ街『アーク』の宗教的組織『ナーヴ教会』と治安維持組織の『ユニティオーダー』、そして荒廃する地上で生きる『リベリオン』と『黒縄夜行』この4つの視点が時系列に沿って切り替わりながら物語が進んでいきます。中には「めっちゃいいところで終わるやんけ!」といいタイミングでストーリーが終わったかと思えば、また別の視点で何食わぬ顔で始まっていく、苦行のような進行。ゲーム上、音楽ゲームをクリアしてポイントを稼がないとストーリーが解禁されない為、オートプレイで回したり、息抜きに自分でも叩いたり、久々に夢中に遊んだ気がします。それも「ストーリーが面白いから」その一言に尽きます。

 

たくさんの謎

 ストーリーが面白いのは、『ダンスマカブル』の世界が謎に満ち溢れていて、ストーリーを読んでも読んでも謎が明かされない、むしろ、謎が深まっていくばかりだからでしょう。結局前編を読む限りは謎は明らかにならず、すべては後編で決着がつきそう。楽しみなようで知るのが怖い、いや、しかしここまで来たら突き進むのみ、後編配信を待つばかりです。

 と、ここで後編完走の際のお楽しみとして、現時点で私が疑問に思う事柄をリストアップしておきましょう。

1. ダンスマカブルの世界の成り立ち

  • 何故、天(浮遊都市『アーク』)と地(荒廃する地上)で世界は二分されなければならなかったのか
  • 『アーク』の動力源は何か(浮かぶにはエネルギーが必要)
  • 『アーク』の食糧はどうなっているか
  • 地上の荒廃事情(エネルギー事情、食糧事情両方気になる)
  • 地上における「地区」とは何か(越境できるものなのか?自治は?)
  • 『アーク』と「地上」の行き来はどうなっているのか(その気になれば「地上」の人たちは『アーク』に侵攻できそうなものだけど)

2. 天子とは何者か

  • 『ナーブ教会』の象徴の証、『天子』とは何者か
  • 『天子』は何故4年に1回しか人々の前に姿を現さないのか
  • 『天子』であるアルムの生い立ち
  • 穢れてしまった『天子』とは、『移行』とは

3. その他

  • リベリオン』とはどういう組織か(そもそも何故『天子』を強奪するという発想に至った?)
  • 『黒縄夜行』のプラセルは何故死んだのか
  • リーベル、クウラ、フーガの吐血の原因は?
  • 黒縄夜行の宗教観と一族の生い立ち

 

 こんなもんでしょうか。カバネ、クオン、コノエという新しい登場人物たちについては現段階では推理するにも材料が足りないので特に考えません。にしても一瞬登場しただけで、コノエ(演:狗丸トウマ)のいい人っぷりが瞭然なのほんとすごいな。そもそも狗丸トウマがいい人なんだろうけど。

天子アルムについて

 『リベリオン』の面子がどうやら病に侵されているっぽいところで、『天子』であるアルム(演:亥清悠)が何らかの原因であることは見当がつきます。

 問題は、『リベリオン』の面子の症状と、プラセル(演:四葉環)の死因が同じであるかということです。同じであるならば、アルムに有事がある際に症状をより進行させるのか(あるいは致死量を超える毒みたいなものがばら撒かれるのか)。そう、現時点では「毒」と形容するのが一番わかりやすいか。アルムを背負っているリーベルがいち早く発症したのだとすれば、それもわかります。接触回数に比例して毒が回るという風に考えることはできる。

 また、肝心のアルムが自身の影響を全く理解していないことも謎です。『アーク』にいたときに人々から隔離されていたのも、人々がアルムと接触する回数をなるべく減らそうとした、というのであれば、お付き人みたいなことをしていたクヴァル(演:十龍之介)が今まで何もないのは解せない。ということは、その「毒」とやらは幼少期は存在しておらず、ある程度アルムが大きくなった段階で生じるもの(そのころにはクヴァルはお付き人の任を解いていることでしょう)なのか。

 そう考えると、これは仮説になりますが、黒縄夜行のヴィダとアルムは案外遠からず近い存在なのではないか、ということに思い至ります。ヴィダ(演:九条天)は公式HPによると

地上の抵抗組織で過激派の『黒縄夜行』のリーダー。粗野で残忍で自信家。個人としての戦闘力は最強。
死者の魂に囚われた民族で、人並外れた戦闘力は先祖代々の呪力によるもの。劣悪な環境で共に育ってきた仲間に対しての同胞意識が強く、それ以外はすべて略奪・破壊の対象。

 この「死者の魂」とか「呪力」をヴィダは攻撃力に全振りしているけれど、アルムは防御に全振りしているとか…。あー、『NARUTO』の我愛羅みたいなやつじゃないですか、てか、天子様制度って『NARUTO』の人柱力みたいなもので、『天子』ってのは人柱なんじゃないのー、ぐらいは考えました。違うかー。まあ、『ダンスマカブル』の世界には呪力とやらがあるらしい、毒もそれなのか?

 

 「世界は二分されている」というキャッチコピーは『アーク』と「地上」の二分というよりは、「天子様制度の真実を知っている人と知らない人」の二分じゃないですかね。

 ということで、私の現段階の予想はこんな感じです。『ダンスマカブル』=「『風の谷のナウシカ』の腐海システム+『NARUTO』の人柱力システム+FF13コクーン思想のごった煮」。いいね、わかりやすい。ここまで書いて盛大に空振るまでが遠足です。楽しみだなー後編。

 

メタに考える『ダンスマカブル』

 さてここからは、アイドリッシュセブンの世界の架空の物語である『ダンスマカブル』という観点での感想です。

 なんといっても、TRIGGERの八乙女楽と十龍之介によるバッチバチのアクションシーンはさぞ見栄えのするものだったでしょう。テキストだとアクションシーンは想像するしかないですが。特に龍之介演じるクヴァルが物語をたくさん引っ搔き回してくれて最高でした。温厚な十氏からは考えられない名言の数々…(地上に生きる蟲どもがっ…!みたいなやつ)。個人的には、自分も他人も世界も一切疑わないクヴァルみたいなキャラクターはかなり上位にランクインする嫌いなキャラですが、反面教師ですよねー、ほんと。ただクヴァルの良くも悪くもまっすぐなところが、ポジティブに働けば部下から慕われるエリート軍人だし、悪く作用すればぶっ壊れ鬼畜キャラみたいになるのかと。クヴァルも上からその性質を利用されているのだと思うと、環境が人に与える影響というのは本当に大きいです。

 個人的に「おお~」と驚いたキャラは棗巳波演じるフーガ、九条天演じるヴィダ、六弥ナギ演じるミゼリコルド(名前覚えらんねえよ)、百演じるエーテルネーア(名前覚え(以下略))。この4人は演者とキャラのギャップがかなりあるキャスティングだったのでストーリーを消化しててとても楽しかったです。特にフーガは好きだな。一番人間味のあるキャラクターのように思えるので。一方は抵抗組織のカリスマリーダーであるリーベルを、一方は信仰の象徴である天子様を尊敬するけど、落ち着く方向性は異なるフーガとクヴァルの対比よ…良かったですねえ。棗巳波は子役経験者なんですよね。頷ける演技力。荒々しい発言ばかりのヴィダも平生の九条天とは全くギャップがあるし、陽気なナギもなんだー理性的に話せるじゃーーーんとなるミゼリコルド(いや、ナギっちが実は相当クレバーな人だってのはわかりますけどねそれでも)。

 

お遊戯会

 ただメタ的に『ダンスマカブル』を考えると、この企画は一体どのように始まったのか???と気になるところではあります。

 話の全容はわからないものの、気軽な話ではないことは確か。シナリオの重たさから考えてもファンサービスでやっているわけでもない。そしてハッピーエンドにならないのも確か(もうプラセル死んでますし)。小鳥遊事務所は、八乙女事務所は、岡崎事務所は、そしてもちろんZOOLの事務所さんも、どういう理由でこれに参画しているのかしら。個人的には正月休み1月2日の夜9時くらいからやる新春特別ドラマかな、と思いました。『相棒』とかあの枠ね(『相棒』は年末にやるけど)。でも、そうであるならば致命的な欠陥があって、それは年齢が合ってないのよ。全然合ってない。『ナーヴ教会』のミゼリコルドもエーテルネーアももうちょっと年齢を重ねた人でしょう(これはステレオタイプですか?)。あるいはライデンも。「同世代の今を時めくアイドルたちが演じる」というキャッチコピーを添えるなら、そこら辺の設定を補正しないと。例えば「『ダンスマカブル』の世界で生きる、立場が異なる16人の青年たち」という枕詞を添えてもらえればこっちで勝手に消化するのにさ~。

 というので、何が言いたいって、シナリオの重たさガチさと、キャスティングと年齢設定がちぐはぐってことです。

 そこで私は『ダンスマカブル』を楽しみながら、一方で「お遊戯会」みたいだなとも。お遊戯会でオズの魔法使いの北の善き魔女を演じたのを思い出します。幼い子どもが北の善き魔女を演じる、それがお遊戯会です。幼い子どもは本来北の善き魔女にはなりえないからこそ、遊戯。そういうちぐはぐさが『ダンスマカブル』のキャスティングにはあるってのは何となく伝わるでしょうか。まあ、ほんの少しの違和感なので意地悪したいわけじゃないのですがね。「仕方ない」のです。

 ということで、『ダンスマカブル』というのはアイナナの世界で一体どういう位置づけのドラマなのかしら、ということが気になりました。

 

メタメタに考える『ダンスマカブル』

 私は本を読むのですが、その時によく思うのは「あらゆるフィクションは先に物語がある、私たちはそれを食べるか食べないか、それだけだ」ということです。

 フィクションだからこそできることがあります。私は人を殺してはならないけれど、私は物語の世界の中で人を殺すことができるでしょう。物語の功罪はそれとして慎重に語られるべきですが、基本的には「物語が先にある」。どんな酷い物語でも、存在は許されるのはそれが物語なのだからかなあ、、、とうっすらぼんやり思うわけですが、何が言いたいって、環君演じるプラセルがどうやら死んでしまったと気づいたとき、めちゃめちゃ悲しかったんですよね。環君にこんな役やってほしくなかった。環君にはおいしいプリンをにこにこしながら食べてほしい。でも、環君は私にとって、物語の中の登場人物なんです。それに仮に実在する人であっても、他人について「こうあってほしい」と祈ることができたところで、それを押し付けることはできないですよね。

 アイドリッシュセブンの面白いところに、彼ら彼女らがあたかも実在するように振る舞う、ってのがあると思っていて、先のクロネコヤマトとのコラボとか雑誌など、各媒体に登場するときも基本的にはそのスタンスですよね? これはアイナナに限らず他のコンテンツにも言えるかもしれない(詳しくはないけれどVTuberとか?)。

 このスタンスに対して私は良い/悪いの判断を下さないけれども、シビアなこと言えばやっぱり四葉環は実在はしないんですよ、多分ね。そういうつもりでたくさんの人が動いていることを否定はしないし、意味あることだと思うけど。

 で、何が言いたいかというと、環君演じるプラセルが死んでしまったのは悲しい。そもそも環演じるプラセルをそういう風にすることはいかがなものか?とケチをつけることはできないし、そもそもアイドリッシュセブンの世界で『ダンスマカブル』をやるってどうよ?も通用しない。それは物語だから。物語が先にあるから。私は出された皿を食べるか食べないしか選択肢はない、と。環君を事例に出してしまって申し訳ないんですけど。話は変わるけど、四葉環ってのは感覚派なのだろうけど、時にこちらが想像だにしないエネルギーを放つ人で、すごいアイドルですよね。MEZZOって演技もやっているのよね?環君の演技、もっと見てみたいわあ…。次はできれば死なない役で。でもそれはファンの我儘だよな、すまんな。

 物語が先にあるとは言いつつ、私たちは物語を「監視」することはできる。その物語が生まれた背景にどんな社会的問題があるのか、考えることができる。物語に抵抗することもできる。食べるか/食べないか、選択肢はこの2つだけれど、批判しながら食べることだってできるし、唯々諾々と受け入れつつ食べないこともできると思っている。でも、物語の存在は消せないんだろうなあ…なんてことも思うのでした。フィクションとの付き合い方は難しい。その難しさを面倒くさがらず色々考えていきたいものです。にしても、プラセルの演技は怖いものがあったよ…環君…。

 

まとめ

 さて、風呂敷を広げすぎたのでここらへんで終わります。

と、実は三層になっているのがわかるでしょうか。恩田陸の『中庭の出来事』もこういう多層構造の小説でしてね、私が好きな小説なんですけど。

 それはさておき。無課金でこんな楽しいコンテンツを味わうことができてありがたいです。それを胸張って言うものでもないけどな、だからいいグッズとかあったら買いたいけどな(あ、ウエハースは買った)。"fun"ではなく"interesting"な面白さが詰まった作品だと思うので、重たい暗めな話が好きであれば『ダンスマカブル』は遊んでみるといいと思います。私はとりあえず「全員死んでしまうかもしれない…」ぐらいに悲観的な予想を立てておいて「なーんだ☆みんな死ななかった、ハッピーエンドだ☆」となればいいなと思います。まあ、ならないと思うけどな。

 

参考

ダンスマカブル |【公式】アイドリッシュセブン

https://idolish7.com/ldm/

 

恩田陸『中庭の出来事』