根津と時々、晴天なり

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そろそろ、夏が来る 宇多田ヒカル『真夏の通り雨』

 宇多田さんの『真夏の通り雨』のMVが公開されていたので、つい。

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 fullで観たときにとても綺麗な世界がそこにはあって、定期的に観ないとあかんな、と思った映像でした。

 

 一番初めは、確かNHKの朝ドラマで使われた「花束を君に」と同じころに配信限定として公開されていたもの。私は、日テレ系情報番組「NEWS ZERO」のエンディングとして使われていたときにその存在を知りました。知って、すぐにiTunesで買った記憶がある。そのあとは、宇多田さん久しぶりのアルバム『Fantômeの中に収録されていて。ミュージックビデオはYoutubeの方では長らくShortバージョンしかなかったもので、今回のfullバージョン公開はものすごくうれしいです。

 

 最近はこの曲の存在を忘れていたことにも気がつかされました。別に、ずっと覚えていなきゃ!という決まりがあるわけではありませんが、生きていれば、「ただただ悲しい」「どうしようもないことに憤る」「突然襲ってくる真っ暗闇」みたいな状態にも陥るわけです。そういう時に、ただ何かが過ぎ去っていくのを待つほかないのですが、その際のお供に心強い存在があればなおのこと気が楽になる。

 そのメロディに触れたときから、「真夏の通り雨」という曲は私にとってそういう「お供」みたいな曲だったのかもしれません。

 そんなありがたい曲をどうして忘れていたのかというと、ここ半年ぐらいは精神的に良好な状態が続いていて「真っ暗闇」に陥ることが少なかったことと、「真っ暗闇」状態になったとしても短期間でどうにかなったのと、「とりあえずおいしいもの食べて、紙でも何でもいいから自分の気持ちを整理したものを吐き出して、さっさと寝ろ!」という、自分なりの対処法で乗り切れていたからなわけで。

 

 この曲は私の「真っ暗闇」状態の心強いお供なわけですが、それは、この曲のミュージックビデオの映像のような、綺麗で静かな風景がこの世にあるのならそれだけで大丈夫かも、と思えてしまったからです。私が気がつけていなかっただけで、世界はきっと美しいものに溢れている。それならば、私はせめてそういう綺麗なものに感動し続けたい。それすらなく死ぬのはナンセンスだ、と考えるようになってしまったわけで。これがあれば、多少しんどいときもある場所に立ち戻ることができる。そういう曲なのでした。

 

 

 そろそろ夏が来ますかね。流れるような毎日に流されるのも良し。時々、自分から世界を見よう思えるのならば。余裕を持って生きていきましょう。

 

真夏の通り雨