根津と時々、晴天なり

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米澤穂信『折れた竜骨』を読んで

 米澤穂信さんの『折れた竜骨』を読みました。

 米澤さんと言えば「古典部シリーズ」であり「小市民シリーズ」というイメージだけれど、この作品は異国ファンタジーミステリー、という(日常の謎を追ったりする現実感が覗く作品歴という意味では)面白い小説です。

 具体的に内容に入る前に、1つだけ。実は『折れた竜骨』という小説、私は以前に読んだことのある作品でしかも当時は「超つまらない」と思っていた作品でした。米澤さんの本は「古典部シリーズ」はじめ、どれも比較的面白いと思える作品なのに、どうしてこれは…?しかし、今もう一度読んでみると「なかなか奥深い作品だなぁ」と思うことができて、感想も書くに至ります。読書、面白い。一回だけでは咀嚼しきれないことがあるもんだなぁ...と本を読む感動を味わいながら、感想の内容にいってみましょう。

※ネタバレをするので、これ以降はその旨ご了承の上読んでいただけると幸いです。

 

折れた竜骨 (ミステリ・フロンティア)

 目次

 

『折れた竜骨』で個人的に好きなところ

魔術が存在しているところ

 この本では「魔術」やら「呪い」やらが当然のように登場します。最初は、この魔術や呪いは当時の人々の世界観では説明がつかない現象を説明づけるための道具だと思っていて、科学的に解明できるものだと思っていたんです。なのだけど、読んでいくと、これは魔術であり呪いなんだ、ということがわかってきます。青銅人形が勝手に動く魔術が登場しますが、これがどうして動くのかは説明されていない。魔術でもって動いているんだ、ということしか記述がない。そういう、ファンタジー的な要素がありながらもミステリーとして謎を解明していくというのが、この本の不思議な魅力の1つかと思います。

 

キリスト教文化はわからないものの…

 この話の舞台はイギリス、北海に浮かぶ小さな島ソロン。十字軍やイギリス王位をめぐる政治的争いなど、宗教と政治と、騎士の文化と、そういう時代です。正直私はピンときませんでした(世界史は学んでいたはずなのですが…)。人が亡くなった際、死者をどう弔うかというところからまるでわからない異文化。わからないけれど、わからないなりに、こういう文化があるものなのね~こういう考え方なのね~なんて楽しみ、時には「わからね~~」なんて悶えながら読むのも味わい深いものです。ソロン島の脅威に対して、亡くなった領主に招かれた怪しげな戦士たちがなんだかんだ戦ってくれるところとか、「どうしてこの人たち戦ってくれるの…?」って首をかしげてしまうけれど、そういうものなんでしょうね。きっと私が知らないことがたくさんあるんだ。

 

「魔術」はあるものの、謎解きは「観察」と「論理」を要する

 この物語の筋は「殺されたソロン島領主・ローレントを殺害した人物が一体誰であるのか、領主の娘アミーナが、外からやってきた騎士ファルクとその従士二コラと共に、探っていく」というものです。途中で外からの脅威が来訪してきたりバトルシーンなどもあって、本筋を見落としそうになりますが、基本的に「謎を解く」ってのが物語の中心です。以前の私は本筋を見落としてしまって、「結局この物語って何なの…?色々なものを詰め込んで終わっただけじゃん…」といった消化不良に陥ってしまったようです。

 そしてさらにやっかいなのが、<殺しの犯人>がやや特殊である、ということだと思います。『折れた竜骨』の世界では「魔術」がきちんと存在し、今回の殺人の犯人もその魔術をかけられて殺害するに至ったわけであり、厄介なことに「殺した」という記憶が犯人サイドにない、のが重要なポイントです。小説でもドラマでも殺人事件を解明していくにあたり、日頃使われるかなぁという手法を思い浮かべてみると

  • 殺害当時のアリバイを確認
  • 物的な証拠から犯人をたどっていく
  • 恨みを持っていたかなど動機を確認
  • 捜査していく上で不自然な点を調査

などがあるのかなぁ、と思います。「殺人者本人の自覚がない」というポイントが、この事件ではより面白さを醸し出していて、アリバイについて犯人には「嘘をついている」という自覚がありません。「ばれないように殺せ」という魔術をかけられていた場合、本人の記憶はないものの、その人物ができることを総動員して犯行を隠す工作をします。ただ例えば元々英語を喋ることができない人が、魔術をかけられたからといって英語を喋られるようにはなりません。あくまで「本人の能力でできること」しかできません。犯行をしている当時の記憶は犯人にはないので、その間のことを聞かれたら無意識に記憶をねつ造します。ただ、実際にはアリバイがないので、本人以外の人から証言を得てアリバイがあるのかないのか考えていく必要があります。「嘘をついていない」というのが重要で、嘘をついている人間の精神を揺さぶって証言を得よう、なんてことはこの作品の場合は不可能です。

 結果的にはこの「本人ができること」というのが、犯人を特定していく上で大切な点となりました。疑わしい登場人物が多く、それぞれの民族や文化、言語が異なるのでキャラクターをおぼえるのが大変な物語ですが、大変なことを強いてくるというのは、必要だからなのかと思いました。

 

【犯人言及】私がもっとも「ほぉ・・・」と圧倒された読みどころ

 この物語の最も気になるところ「誰が領主であるローレントを殺したか」という問題ですが、最後にきちんと明らかになります。犯人は、主人公アミーナと共に謎を追っていた異国の騎士ファルクでした。ここで、作中の「約束事」を見落としていた読者はきっと驚くでしょう。どうしてファルクなのかと。今まで我々を、そして主人公のアミーナを騙し続けてきたのか?と。違うのです。己が殺したことでさえ、魔術をかけられたファルクは覚えていないのでした。ファルクはファルクの尊い目的(それがソロン島に来た理由ですが)のために、当然のように正義感をもって、事件の謎を追ってきました。追っている犯人が「自分」だとは知らずに…。

 少々掟破りなのではないか?そういう想い以上に、これってとてつもなく悲しい話だなぁ、と今の私は思います。昔の自分はそこまで至らなかったけれど。調べれば調べるほど、容疑者はふるい落とされ候補は絞られていく。自分であるはずがないけれど、もしかしたら自分なのでは…?ファルクのそういう心情変化は詳しく描かれてはいませんが、結局彼は自分なりに筋を通すことにしました。従士である二コラに己を殺させる、という形で。二コラ自身も最初のほうから自分の師匠が「犯人」なら説明がつく、と感じていたところも残酷です。領主が易々と自室に招き入れるくらい、信用を置いている人物は誰か?室内の壁にかけられた剣を取ったのはなぜか?確実に殺すなら自分が日頃使い慣れている武器を使えばいいのに。あえて慣れない剣を手にとったのは、自分が持つ剣が特殊なものだから。それを使えばあっさりと持ち主を特定されかねない武器だから。云々。いつも師匠であるファルクが自分の前に歩いていたけれど、二コラは剣を手にとって師であるファルクと対峙するその瞬間に、自分の道を歩くと覚悟を決めたような、そんな気がしました。なんだかつらい…。

 

 こうして、物語は「これから」を匂わせながら終わっていきます。自分の世界はここまでとなんとなく世界の広がりを諦めていたアミーナが、まだまだやることがあると闘志を燃やし始めたり、二コラは二コラで自分の父親のことやファルクのことを受けてしっかりと己の道を歩き始めそうです。そうして別々の道を歩き始めた2人が、どこかで再会するときを信じて、「合言葉」を決めて、物語は終わるのでした。

 

 うん。面白かったです。面白いと思えるようになった自分も、ちょっとだけ変わったような気がして良かったです。